終章 キセキの気持ちはわからない
ヒメムラサキがいない旅路は、ひどく長く感じた。
夕方になってやっと帰り着いた我が家はガランと広い。
おどけた声で『おかえりんこ~』と言ってくれる少女はもういない。
なぜだか思い出されるのは、遠い日の山之上神社の夕焼け色の鳥居だった。
神崎奇跡と沢山の話をしたあの場所。
でも、結局本当に大切なことや伝えたいことは、なにも話せていなかった。
「ただいまん、……って。何言わせるの。ヒメムラサキ」
何度も繰り返されたやりとりが、しんとした空気を上滑りする。
中古品なんて大嫌いだと思っていた。
それは、凡人たる私がどんなに大事に愛しても、決して芯から私のものにはなってくれないから。どんなに薄れようとも、無くなることのない元の持ち主の気配がするから。
それは、私のためのものではない。
その事実が、私を傷つけるから。
それなのに、神崎奇跡が遺し、そして神崎奇跡の仕組んだプログラム通りに消滅したT.S.U.K.U.M.O.システムが恋しい。
もう会えないなんて、信じたくなかった。
神崎奇跡がヒメムラサキに託した思いは、中古品なんかではなかった。
あれはきっと、伝えられない気持ちを託した、長い長い、彼女の恋文で。