まだ冷たい二月下旬の風が、座り込んだ私にも容赦なく吹き込んでくる。
 元彼も見えなくなっただろうし、そろそろ行かなきゃ。

 そう思って立ち上がったとき、一匹の猫と目があった。でっぷりした白黒の、赤い首輪をつけた猫ちゃんが、短いしっぽをぴんと立ててこちらを見ている。その距離、約二メートル。
 いつの間に現れたんだろう。そう驚くと同時に、猫好きの性(さが)がむくむくと顔を出した。

「ちっちっち」

 そう舌を鳴らしながら、中腰の姿勢でじりじりと近付いていく。
 猫ちゃんは逃げようともせずにこちらを見ているし、これは撫でさせてもらえるかも。そう思ってにんまりしたときだった。

「あっ」

 コートのポケットに入れていた定期券が、するりと地面に落ちる。
 いけないいけない。そう思って拾おうとすると、猫がとんでもない速さで定期券をくわえて走り去ってしまった。

「えええっ。ま、待って、猫ちゃん」

 慌てて追いかけるけれど、猫は人混みを器用に避けながら、先へ先へと進んでしまう。ぽっちゃりしているのに動きが素早い。
 時おり振り返って私を見ているし、追いつきそうと思って手を伸ばすと避けられるし、なんだか猫にからかわれているみたい。
 まっすぐ走っていた猫が急にかくんと道を曲がる。そのままついていくと、大通りから並行に伸びた裏通りに出た。