「嫌なこと、重なっちゃってつらかったわね。でもあなたまだ若いし、礼儀正しいし、新しい就職先も彼氏もすぐ見つかるわよ。だから人生を悲観して自分を大事にしないなんて、そんなのダメ」
「ありがとう……ございます」

 お礼を言った私の肩を、響さんがぽんと叩いた。女友達をなぐさめるみたいに。

「安心して。この食堂はね、『おまかせで』って頼むと、その人が心から食べたいものを裏メニューで出してくれるのよ。常連しか知らないことなんだけどね」
「響、大げさなことを言うな。常連たちの頼みに付き合っていたら、いつの間にか尾ひれがついてそんなふうに言われるようになっただけだ」
「こんなこと言ってるけど、一心ちゃんの料理だったら私、どんなに食欲がないときでも食べられたもの。だから、あなたも安心して」

 なんだか、魔法のような話を聞いているような気がする。
 その人が、心から食べたいもの。
 一心さんんは謙遜しているけれど、そんなことが本当にできるのだろうか。心から食べたいものが何もなかったら、一心さんはどうするのだろう……。

 ぼうっと考えていると、一心さんが私に尋ねた。

「……今までの人生で食べたものの中で、一番うまかったものは何だ?」
「え?」
「何でもいい。今食べたいものがなくても、今まで食べてきたものの中でうまいと思ったものなら思い出せるだろう?」
「今までの人生で、一番おいしかったもの……」