「さあ、入りましょ」
「えっでも、今の時間は閉まってるんじゃ」
「いいからいいから」

 思いっきり『準備中』と書かれた札を無視して、響さんが食堂の戸をガラガラと開ける。

「すみません、まだ準備中なんです」

 お店の奥から、低くて落ち着いた男の人の声が聞こえてきた。

「一心(いっしん)ちゃん。あたしよ、あたし!」

 響さんはおかまいなしに店の中をずんずん進んでいって、カウンターに座った。
 薄い色の木でできたテーブルと椅子、カウンター。座敷になっている縦半分からは、畳の匂いがする。無駄がなくて清潔だけど、どこかあたたかみのある店内は、なんだかお寿司屋さんの雰囲気に似ていた。

「響か……。まだ営業前なんだが」

 ため息まじりの声がする。

「いいじゃない、あたしたちの仲なんだし。ちょっと一心ちゃんに頼みがあるのよ」

 ちょいちょい、と響さんに手招きされて前に進み出ると、カウンターで響さんと話していた男性がこちらを振り向いた。
 ばちっと、目が合う。一心、と呼ばれた板前服姿の若い男性と。そして、困惑の表情をされてしまった。

「響、お前だけじゃなかったのか? ……ミャオまで」
「ひとりだなんて言ってないもの。ねね、持田さん。一心ちゃんって、今時めずらしい硬派な男前でしょ?」

 確かに、とうなずいてしまう。一心さんは、精悍な外見と清潔な短髪、朴訥とした話し方の若い男性で、歳は私の少し上くらいに見えた。背が高くて割とがっしりしているせいか、真っ白な板前服も浮かずにしっくりとなじんでいる。しっかりした眉毛だったり、切れ長の目が媚びていない雰囲気を感じさせ、昔の映画俳優さんみたいだな、とちょっと思った。