「希衣は、自分の心に嘘をついてるよ。初めはあたしも、希衣はあたしの代わりに小説家になろうとしているんだと思ってた。
でも、本当は違うでしょ? 誰かの代わりに叶えようとする夢なんて、普通は十年も追いかけられないんだよ。
いちいち言葉の意味を調べて覚えようなんて、そんな面倒臭いことしないんだよ。
わざわざ本を読み漁って、分析したりなんか、しないんだよ……」
優ちゃんの声は震えていた。潤んだ瞳を、ぐっと耐えるように唇をかみしめ、鼻をすする。
「きっかけはあたしかもしれない。だけど、もうそれは、あんたの叶えたい夢に……希衣だけの夢になってるんじゃないの?」
「あ……」
ようやく意味を理解した。私の心に響く声は、自分でさえ気が付かなかった透明で分厚い壁を、破壊したんだ。
「あたしの名前を使って隠さないでよ。あたしがライバルにならないでって言ったこと、もう忘れてよ。自分の夢のために、頑張ってよ……」
彼女は手で顔を覆い、泣き崩れた。私もそばによって、一緒に泣いた。
優ちゃんは、私が気付かなかった心の奥まで見てくれていたんだ。
いつから私のことを見ていてくれたのだろう。どうして気が付いたのだろう。
ああ、そうか。優ちゃんはずっと、小説家になりたかったんだもの。
物書きの楽しさや尽きないアイデア、飽きることの無い世界にのめり込んでいた張本人からすれば、私が小説に夢中になっていることくらい、お見通しだったのだ。
私は、優ちゃんの背中をそっとさすった。
けれども、そこに存在する優ちゃんは、やはりまやかしで。温かみも感触もなく、私の手は優ちゃんという空気に触れただけだった。
それに気が付いた優ちゃんは袖で涙をぬぐい、私と向き合う。
「人生なんて、いつ終わるかわからないんだから、自分の好きなことをしよう?
そりゃあ、人としてやるべきことは最低限やらなきゃいけないけど。
叶えることがどれだけ難しい夢でも、世間の人から見て恥ずかしいと思われる夢でも、自信を持って堂々と追いかけていこうよ」
優ちゃんの言う通りだ。私は今まで、優ちゃんの名前を使って嘘をついてきたのかもしれない。
優ちゃんの代わりに夢を叶えると言っておけば、それが私の書き続ける理由になっていた。
私にとって〝しなければならないこと〟になっておけば……自分の夢でなければ、あきらめることもないだろうと、私は私の気持ちに蓋をして見ていないふりをしていたんだ。
「うん……うん、ごめん。私、小説家になりたい。私の夢は、小説家だから。優ちゃんの代わりじゃない。私だけの夢だから」