ここは暖かくて心地よい。ぽかぽかとした光に溢れ、地面はふわふわと柔らかい。


何の苦労もしなくていいし、みんな優しくて幸せ。時折天使がやってきて、地上の出来事を教えてくれる。頭上には、光の輪が浮かんでいる世界。


「天国って、ほんと楽ー!」


 あたしは、うんと腕を伸ばし、そのままベッドに倒れ込むようにして、柔らかな地面に体を預けた。


「藤森(ふじもり)さん、藤森優さん!」


 声をかけてきたのは、人の顔一つ分くらいの小さな天使。あたしは体を起こして、天使と向かい合う。


「どうしたの? あ、先に言っておくけど、あたしはまだ転生しないからね。家族が長生きして、いつか全員ここに来るまでは転生しないって何度も……」


「転生のことについての話ではありません。人の話を最後まで聞いて下さい。もっとも、私は人ではありませんが」


 あははと声を出して笑ってしまった。色んな天使がいるけれど、こいつは面白い。


「ご家族は特に変わりありません。徐々に落ち着いてこられました」


「ああ、よかった……」


「それと、とあるお友達が、夢に向かって頑張っていらっしゃるようです」


「え⁉ 希衣のこと⁉」


 あたしは身を乗り出して、宙に浮く天使を見つめた。それと同時に、天使は少し眉間にしわを寄せ、あたしが近づいた分離れる。


 そんなにあからさまに嫌がんないでよ、傷つくなあ。


「そうです。では私はこれで」


「あーちょっと待ちなさーい」


 ひょいっとジャンプして、去ろうとする天使の腕を掴む。

掴んでいる感覚はほとんどないが、小さくて細いから、これは下手をすれば折れるなと思った。まあ、天国で怪我なんてできないと思うけど。


「あたし、希衣がどんな夢を目指してるのか知りたい! あの子、いつも受け身というか、おとなしいし特に何も関心無さげだったから、すごく気になる!」


「ああ、それはですね……」


「ストーップ! あたしが言いたいこと、わかんない? 地上に行かせてって言ってんの!」


無理なお願いだとわかっていたが、定期的にほかの死者たちも地上の様子を見に行っている。


だったらあたしだって、見に行きたいじゃない?


すると天使は大きなため息をひとつついた。

おいおい、こんなのが天使で大丈夫なの神様。


「わかりました。ですが長居はできませんよ。あと、一度天国で過ごす権利を与えられていますが、天国にそぐわない感情を抱いたり、行動を起こした場合、地上ですので浄化することができません。
それにより、天国へ帰ってくることができず、悪魔となってしまうこと、ご注意ください。
帰るときは、空に向かって声でもかけてください」


「あーはいはい。わかった!」


 早く地上に行きたかった。家族にも、希衣にも会いたかった。長居できなくても、相手があたしの存在に気付かなくても。


「では、行ってらっしゃいませ」


 天使の言葉と同時に、あたしが立っていた場所に大きな穴が開く。

あたしは無条件にその空間に吸い込まれた。真っ暗で、何も見えない。ただ全身に重力が加わって、どこまでも落ちた。