それから月日は経って、高校生になった。
優ちゃんと私は同じ高校に合格し、念願のスマートフォンも手に入れた。
優ちゃんが最初に入れたアプリは、携帯小説サイトのアプリだった。優ちゃんが言うには、あの時読んだ小説は、この中から書籍化されて出版されたものらしい。
そう、あの時から優ちゃんの夢は、人の心を感動させる物語を書く小説家になることだった。
今までネット上では書いてこなかったものの、紙にたくさんの物語を書いてきたこと、私は知っている。
いつの間にか、それを読むことが私の役目になっていた。アプリで書き始めてからも、それは変わらない。
「ねえ希衣! 新作書いたんだけど、これ読んでくれない? 誤字脱字とか、変な言葉があったら、すぐ教えて! あとアドバイスも欲しい!」
私はアドバイスをできるほどの人間じゃないし、語彙力だってない。なのに優ちゃんは、毎度私にそう話してきて、優ちゃんの心の中を見せてもらっていた。
小説は、作者の心が直に見えると思う。
もちろん、完全フィクションで、作家が思ってもないことだって書かれていることもあるけれど、優ちゃんは心の中の世界を、文字に表して公開していたのではないだろうか。
「物語を書いてると、そこで伝えたいことが出てくるじゃん? それってさ、読者に伝えてはいるんだけど、結局作家が一番影響を受けてると思うの」
これは優ちゃんがよく口にする言葉の一つだった。
初めは理解ができなかったけれど、確かに優ちゃんは、心を文字に表し、それを目で読み取ることによって、自分で自分に語り掛けていたのかもしれない。
優ちゃんは、生死に関する物語を書くことが多かった。
それによってか、昔はよくふざけている男子に向かって「死ね!」と言うことは日常茶飯事だったのに、「ほんと、あたし、ひどいこと言ってたなあ。全員に土下座したいわ。生きている価値の無い人なんていないのに」なんて言って、反省していたのだもの。
そのときに、『自分が一番影響を受けている』という意味が、よくわかった気がした。
だからかな。優ちゃんの口癖は「生きているうちに本を出したい」だった。
それを言うたび、私は「大丈夫だよ。絶対出せるよ。人生は長いんだし、優ちゃんの話、大好きだもん」と答えていた。
「人間なんて、簡単に死んでしまう生き物なんだよ。いつ、どんな拍子で死んでしまうかわからない。もしかしたら、一分後に、いきなり心臓が止まってしまうかもしれないんだから」
ここまでがセットで、月に一度は話していた。よく飽きなかったと思う。いや、優ちゃんの場合、何度も言葉にすることによって、自分に訴えかけていたのかもしれない。
「まあつまり、本を出すまでは絶対に死なないし、死んでも死にきれない!」
優ちゃんはそう言って、たくさんの賞に応募していた。一向に引っ掛かりもしなかったけど、それでも優ちゃんはあきらめなかった。
逆に、未熟なものが世に出なくてよかったとまで言っていた。どれも私からしたら、すばらしい作品ばかりだったし、どうして賞が取れないのか不思議なくらいだった。
それくらい、作家になれるのは一握りだということを、優ちゃんはすでに承知していたのだろう。
「希衣、ライバルになってほしくないから、作家にならないでよ~? 希衣が敵になったら、簡単にやられちゃう気がするもんー」
私が優ちゃんのライバルになんて、なりたくてもなれるわけない。なのに、彼女はそう言って笑っていた。
その笑顔が消えたのは、それから約一年後。華の高校二年生になってしばらくした時ことだった。
優ちゃんは死んだ。
あっさりと、私の目の前からいなくなった。
優ちゃんの言っていた通り、あまりに簡単に死んでしまってんだ。
原因は、交通事故。容疑者は七十代のおじいさんで、アクセルとブレーキを踏み間違えたらしい。
あの日の朝、私たちはいつもの通り登校していた。
最期の瞬間が迫ってきていることなんんて露知らず、他愛のない会話をしていた。
今考えている物語はこんなものだとか、今日の世界史の授業はだるいなぁとか、予習はやってきたか、やってないから写させてだとか。
ごく普通の一日だけど、今日も頑張ろうと思っていたのに。
私たちは、容疑者のたった一つのミスに巻き込まれた。
そして運悪く、私だけが助かってしまった。大切な、たった一人の親友を失った。
現実を受け入れられない日々が続く。ぽっかりと穴の開いた、中身のない毎日が、風のごとく過ぎていった。
どうして私が助かって、優ちゃんが死んでしまったのだろう。夢も希望もない私が生き残るよりも、いつか小説家になりたいと願っていた優ちゃんが生きていた方が、価値があったはずなのに。
「神様……残酷すぎるよ」
夢に向かって必死に頑張っていた優ちゃんが目に浮かぶ。
ノートにプロットを書いて試行錯誤したり、サイトに公開した話に批判が飛んできて落ち込んだり、賞の結果をまだかまだかと待ちわびて、かすりもしなくて肩を落とすけど、すぐに自分の悪い点を見直して次はもっと良い作品を作ると奮闘する姿。
知っているから、つらかった。
叶えることができなかった優ちゃんの夢。
二度と叶えることはできないんだ。だってもう、優ちゃんはここにはいない。永遠に戻っては来ない。
気が付くと、私は優ちゃんの書いた小説のサイトを開いていた。一番最近の、もう少しで文庫本一冊分の十万文字に達しそうな物語。
続きはない。この物語は永遠に完結しない。
優ちゃんの中で、この物語はどんな風に終わりを迎えるつもりだったのだろう。
あらすじを知っていても、一言一句どうおさめるかなんて知らない。私に続きを書くことはできないんだ。
そんな現実がつらくて、でも、完結できず夢も叶えられなかった優ちゃんの気持ちを考えると、涙が止まらなかった。
どうせ夢がないのなら、私が優ちゃんの代わりに夢を叶えてあげよう。作家になろう、とこのとき私は誓ったはずだった。