チャイムを鳴らすと、すぐに聞きなれた声がインターホン越しに聞こえた。
しばらく会っていなかったせいか、少し緊張する。ガチャリと扉が開き、彼女のお母さんが顔を出した。
「あらまあ! 久しぶりねぇ、あの子に会いに来てくれたの?」
「お久しぶりです。はい、あの、デビュー作を一番に読んでもらいたくて」
「ああ、ついに⁉ おめでとう。きっとあの子も喜んでいるわ。さあ、入って入って」
おばさんは、優しく家に上げてくれた。
少し前までは、月命日に毎回お邪魔していたのだけれど、ここ最近忙しくて来ることができていなかった。
廊下を少し歩いた先にある仏間の戸を、おばさんが開ける。
「どうぞ。ゆっくりお話ししてね」
おばさんは気を遣って出て行ってくれた。
おばさんがキッチンに入ったのを確認し、部屋に足を滑らせる。
十年たっても変わらない、お香とあの子の匂いが鼻腔をくすぐった。
壁一面に張られた十七年分の写真。端の方にひっそりとたたずむ仏壇。
その前に正座をし、包んでいた本を出して供え、金色のりんを二回鳴らした。
「……久しぶり。最近来ることができなくてごめんね」
話したいことが多すぎて、何から話せばいいのかまとまらない。
自分でも興奮しているのがわかる。一旦深呼吸をして、胸の前に手を合わせた。
「夢、叶ったよ。念願の賞を取って、デビューできたよ。あたしと、希衣の物語で」
壁の写真を見渡す。そこには、気の優しいショートカットの希衣が、笑ったり泣いたり、真剣そうな表情で写っていた。
あの日事故で亡くなったのは、あたしではなく希衣だ。
何気ない会話をしていた。それこそ、物語に書かれていたようにあたしたちは二人で登校していたんだ。
気が付かなかった。向こうからやってくる車の音にもう少し早く気付いていれば、何か変わったかもしれない。命だけは助かったかもしれない。
それでもあたしは、自分の話に夢中になっていたんだ。パターン化した会話だった。
それが、希衣の最期の言葉になるなんて思いもよらなくて。
『大丈夫だよ。絶対出せるよ。人生は長いんだし、優ちゃんの作品、大好きだもん!』
今でもその言葉が、情景が、頭の中から離れてくれない。
あっさりといなくなってしまった。人が簡単に死んでしまうなんてこと、あたしが一番分かっていたはずなのに。
希衣だけがいなくなって、あたしが生きている世界がたまらなく苦しかった。
一緒に病院に運ばれて、あたしだけが目覚めて。あの子は集中治療室から出てくることはなかった。
どうして希衣の代わりに死ねなかったのだろう。どうしてあたしが、希衣になれなかったのだろう。
ずっと、そんなことばかり考えていて、毎日涙が枯れることはなかった。何年たっても、ふとした時にまた思い出して泣く。