幼馴染の優(ゆう)ちゃんは、一言で表すと可愛い子だった。


 明るくて、思ったことをはっきりと言って。こんなに弱くて引っ込み思案な私と、ずっと一緒にいてくれるほど優しくて。幼稚園の頃から変わらない、耳より少し高いところで結ばれた、二つの長い髪が特徴の子だった。


 小学校三年生の夏休みだろうか。山積みになった宿題の一つに、読書感想文があった。


先生に、できれば小説を読んでくださいと言われたから、一緒に図書館に行って本を借りてきたね。そのまま二人で私の家に向かい、先程借りた児童書を開けた。私は漢字が苦手だったから、読書が本当に憂鬱で仕方なかった。


漫画ならいくらでも感想を書くことができるのに。そんなことを思いながら、並べられた文字を目で追っていたんだ。早く最後のページにたどり着くことだけを考えていて、物語の世界に入ることができていなかったんだと思う。


そろそろ別れなければならない時刻になったとき、優ちゃんがいきなり本を机の上に叩きつけた。今でもその時の事、よく覚えてる。驚いて手元の文字列から視線を外し、机の上で静かに待機する本と優ちゃんを見た。


「ど、どうしたの?」


 私が聞いても、優ちゃんは首を振るだけで何も言わない。だから私は心配になって、顔を覗き込んだんだ。髪の毛で隠れた表情は暗くてよく見えなかったけど、キラキラと光る何かが、床に落ちていくのが見えた。



 とっさに本の世界へ逃げてしまった。何も見なかったふりをして、必死に文字を顔に近づける。

 いけないものを見てしまったかのように、なぜか心臓が激しく脈を打って、ひらがなですら読めなくなった。視界の端に映る優ちゃんは、両手でごそごそと目を擦っていたと思う。


 まだ、わけのわからない焦りが続く中、優ちゃんが私の本をつかんだ。


「ねえ……すっごい」


 目の前にいる優ちゃんは、目を真っ赤にしてそう言った。


輝き、潤う瞳。何か伝えたいことがあるのに、言葉が見つからないといったような口角の上がり方。普段ならあり得ないほどの強さで本を握る手。


それらを見る限り、彼女は全身で興奮を露(あらわ)にしているのがわかった。



「ねえ、ほんと、やばい。ねえ、なんで今まで本読まなかったんだろ! すっごい! 凄すぎる! 命に関する話だったんだけどね、もうあたし、感動して泣いちゃった!」


 えへへと笑って話す優ちゃんに、ホッと胸をなでおろした。優ちゃんはまだ興奮が修まらないようで、床や机をバシバシと叩く。

時折、天井を見上げてフッと笑ったり、視線を落として何か考えているようだった。


「どうしてあんなに感動する話が書けるんだろ! 希衣(きい)もそう思わない?」


「う、うん」


 もうすぐ読み終わるというところまできたにもかかわらず、私はあまり共感や感情移入をできずにいた。


 そのせいか、それがどんな話だったか未だに思い出すことができない。

単にその話が、私の趣味に合わなかっただけかもしれない。

配られた原稿用紙の枚数を超えてまで、感想を書いていた優ちゃんとは対照に、何の感情も生まれなかった私の感想文は、中身のない文章で埋まったと思う。


でも、私にとっては無意味だったこの宿題が、優ちゃんの一生追いかける夢を生んだことは確かだった。