「ちょっとお話ししたいんだけど、いいかしら?」

以前に会ったときとは違うただならぬ雰囲気を感じて琴葉は一瞬躊躇ったが、断る義理もないのでコクンと頷く。

「…では奥へ。」

カウンターから招き入れようとするが、綾菜は首を振った。

「いいえ、ここでいいわ。仕事の邪魔なら待つし。」

その言葉に被るように、奥の厨房からは焼き上がりを告げる電子音が聞こえてくる。

「あ、えっと、ちょっと待ってもらっていいですか?」

一人で店を切り盛りしているので、売場も調理も合間を見て上手くやっていかなくてはいけない。
琴葉は綾菜に申し訳ないと思いつつも、お言葉に甘えてバタバタと中へ入った。

オーブンを開け天板を取り出してパンを網の上にのせる。
粗熱を取っている間に、次のパンをオーブンへ入れてスタートボタンを押した。

「すみません、お待たせしまし…。」

急いで売場へ戻ると、何故だか綾菜がカウンターへ入ってお客さんの対応をしている。

「おすすめはあるかしら?」

「そうですね、私個人的にはこちらのシュガートップが好きです。ほんのり甘くて美味しいですよ。」

「へぇ、じゃあそれを。」

「ありがとうございます。琴葉ちゃん、何やってるの。焼き上がったパンを持ってきてちょうだい。」

「あ、はい。」

状況がつかめずぼやっとしている琴葉に、綾菜から厳しい指示が飛ぶ。
綾菜はブティックを経営しているだけあって、接客は慣れたものだ。
その丁寧で上品な物腰は見習うところがあり、琴葉はほうっと見とれてしまう。

けれどその後も客の入りが重なり、休む間もなくそのまましばらく二人で対応することになった。