早瀬雄大はその日もパソコンにかじりついて夜遅くまで仕事をしていた。
早瀬設計事務所の若き副社長を務める雄大だが、現役の建築士としてもまだまだデザインや設計図を描く。
今関わっている大規模なプロジェクト案件のリーダーも任されており、定時である18時まではメンバーと共に執務エリアで仕事をし、18時以降は副社長室で仕事をする。
副社長が社員と同じフロアで夜遅くまで仕事をしていると、他の社員が帰りづらくなるからだ。
自分を仕事人間だと自負しているが、他人に強要する気はまったくない。
本当は仕事なんてさっさと終わらせて帰る方がいいとわかってはいるのだが。

そんな副社長室の扉がノックされた。
雄大が返事もしないうちに扉が開く。

「やっぱりまだいた。」

カツカツと上品にヒールを鳴らして雄大の側までやって来たのは、同僚であり大学時代の同級生でもある三浦杏奈だ。

「杏奈か。図々しく入って来るなよ。」

雄大はチラリと一瞬彼女を見ただけで、すぐに視線はモニターに移してしまう。

「あなた何時だと思ってるの?食事くらい取りなさいよ。」

言われて時計を見ると、ゆうに22時を超えていた。

「もうこんな時間か。早く帰れよ。」

「雄大、私の話聞いてた?私は食事くらい取れと言ったのよ。」

手を腰にあてて呆れたように雄大を見たが、「食べに行くの面倒」と呟かれ、杏奈は大きなため息をついた。

「はい、これ。」

「何?」

「差し入れよ、差し入れ。パンくらい食べなさいよ。じゃあね、私は先に帰るわ。」

杏奈は小さな紙袋を強引に雄大へ手渡すと、ふんと踵を返して帰っていった。

「ああ、お疲れさまー。」

雄大の声が届くか否か、タイミングよく扉がバタンと閉まった。