「ねえ、琴葉の話も聞かせて。パン屋、一人で経営してるんだよね?」
「はい、一人です。」
「すごいな、大変だろう?」
「大変ですけど、楽しいですよ。」
琴葉は一人で【小さなパン屋minami】を経営している。
小さなお店で朝から晩まで一人きりなので、会社という組織に入っている雄大とはまるで違う働き方だ。
「ありがたいことに気に入ってくださる方がいて、それこそ常連さんですよね。近所のおばあちゃんとかお散歩がてらに寄ってくださったり。お子さんがminamiのパンが好きだからって、お母様が買いに来てくださったり。」
それに、と琴葉は付け足して雄大を見ると、うっすら頬を染めながらとびきりの笑顔を見せた。
「早瀬さんも来てくださいますし、毎日楽しいです。」
「俺も常連さん?」
「もちろんです!いつもありがとうございます。」
「琴葉の焼くパンは美味しいだけじゃなくて何だかあったかい気持ちになる。繊細なのに優しい。食べる人のことを考えて作られているんだなと感じるよ。」
雄大の言葉に、琴葉の瞳は揺れた。
自分が焼いているパンをそんな風に評価してもらったのは初めてで、これからもパンを焼き続けてもいいのだと認めてもらえた気がした。