扉を開けると“カランカラン”と奥ゆかしげな鐘の音が鳴り、奥からエプロンをつけた女性が出てきた。

「いらっしゃいませ。ご予約のお客様ですか?」

「いえ。」

「すみません、残りのパンはいま篭に出ているだけになります。」

見ると、三種類のパンが残りわずかだ。
まだ昼間だというのに、パン屋というには寂しすぎる光景だ。

「あの、こちらのお店は予約が主流なんですか?」

「いえいえ、そういうわけではないんですけど。私ひとりでやっているのでたくさん焼けないんですよ。お店も不定期営業なので、そうすると予約されるお客様が増えて店舗に出すものが少なくなっちゃうんです。」

すみません、と彼女は頭を下げた。
琴葉はフルフルと首を振ると、思いきって言った。

「あのっ、実は私もひとりでパン屋を経営していて、それであの、いろいろお話伺ってもいいでしょうか?」

「えっ?」

「いや、あの、厚かましくてすみません。」

「ごめんなさい、驚いちゃって。ひとりでお店を経営されているんですね。私でよければお話しますよ。」

彼女はにっこりと微笑むと、どうぞと奥から椅子を差し出す。

琴葉のキラキラした目を見て、雄大は目を細めた。
そういう話に自分はいない方がいいだろうし、琴葉のあの様子ではきっと長くなるに違いない。

後で迎えに来ようと、雄大はひとり静かに店を出た。