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休日、といっても、なにもする気が沸かない。脱力。
自宅謹慎が解けた日はうれしかったが、もとに戻れば、いつもの日々が繰り返されるだけだった。
でも、とりあえず、起きて、走って、なんとなく街をぶらつく。ドライブもかったるいし、女遊びには、気が乗らない。映画も読書も買い物も、面倒だった。
日常って、平和だな……時間の流れは止まらない。戻ることもない。
そんな当たり前のことを、俺はしみじみと噛みしめた。
なにもしないのに、ハラだけは空いた。生きている証拠といえばそれまでだが、俺は自分の感覚に恐れ入った。命って、偉大だ。
速足で、行きつけの定食屋へ向かう。
服は、そのへんに置いてあったトレーナーとくたびれたジーンズ。それに、かかとをつぶして履いている、よれよれのスニーカーを素足で。学校では、毎日スーツをしゃきっと着こなしている俺の姿とは程遠い。
そういえば、このところ忙しくて、あの定食屋は久しぶりだった。店の前を通り過ぎるたびに、来よう来ようと思いつつ、なかなか行けなかった。
「いらっしゃい、先生。ちょっと久しぶりじゃないかい」
のれんをくぐるとすぐに、おばちゃん店員のいつもの声が飛んできた。ほっとして、俺は癒された。
平穏って、こういうことなんだなとしみじみ感じた。物足りないような不安がよぎるけれど、それは気の迷いだ。
「今日はがっちり食べにきました」
日々、教え子に迫られるようなあんな生活、二度とごめんだ。無職への危機を初めて知った。平凡でいい。平凡がいい。目立つのは、名前だけでいい。もうたくさんだ。
「おーおー。いいねえ。若いねえ。うちの冷蔵庫、カラにして行ってよ。すぐに注文を取りに行かせるから、空いてるとこ座って」
店内に流れているBGMは、競馬中継。それと、オヤジどもの野次。
俺は壁に貼ってあるメニュー、いやお品書きを、しみじみとひとつひとつ確認しながら、しあわせを噛みしめた。揚げ物、炒め物、麺類、どんぶりものに、お酒。迷うけれど、いつものアレだ。
そして、炒め物のいい香りが充満している。思いっきり、吸い込む。よし、食欲が湧いてきた。
「いらっしゃいませ。ご注文は、なにになさいますか」
聞き慣れない声の女店員だった。
街の定食屋に、若い娘は似合わないのに。しかも『ご注文』ってなんだ。ここはカフェかよ、イタリアンかよ!
定食気分を大いに害され、苦情を言おうかと思ったが、先に注文だ。俺は、壁面から視線を外し、若そうな声の店員に向き直った。
「焼きそばと、瓶ビー……ル」
店員は、咲久良みずほだった。
頭には、よくアイロンがけされた白い三角巾。おばちゃんと揃いの、あずき色のジャージの上には白いエプロン、足もとはゴムサンダル。
だっさい。まじ、だっさい。平和ボケして腑抜けていた気持ちが、一気に吹き飛んだ。
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
「お、おいおいおいおい、おい! なにが『かしこまりました』だ。この店、そんなノリの店じゃないぞ。街の定食屋だぞ!」
思わず、俺は咲久良のエプロンの裾を引っ張った。ぎゅっと、強く!
休日、といっても、なにもする気が沸かない。脱力。
自宅謹慎が解けた日はうれしかったが、もとに戻れば、いつもの日々が繰り返されるだけだった。
でも、とりあえず、起きて、走って、なんとなく街をぶらつく。ドライブもかったるいし、女遊びには、気が乗らない。映画も読書も買い物も、面倒だった。
日常って、平和だな……時間の流れは止まらない。戻ることもない。
そんな当たり前のことを、俺はしみじみと噛みしめた。
なにもしないのに、ハラだけは空いた。生きている証拠といえばそれまでだが、俺は自分の感覚に恐れ入った。命って、偉大だ。
速足で、行きつけの定食屋へ向かう。
服は、そのへんに置いてあったトレーナーとくたびれたジーンズ。それに、かかとをつぶして履いている、よれよれのスニーカーを素足で。学校では、毎日スーツをしゃきっと着こなしている俺の姿とは程遠い。
そういえば、このところ忙しくて、あの定食屋は久しぶりだった。店の前を通り過ぎるたびに、来よう来ようと思いつつ、なかなか行けなかった。
「いらっしゃい、先生。ちょっと久しぶりじゃないかい」
のれんをくぐるとすぐに、おばちゃん店員のいつもの声が飛んできた。ほっとして、俺は癒された。
平穏って、こういうことなんだなとしみじみ感じた。物足りないような不安がよぎるけれど、それは気の迷いだ。
「今日はがっちり食べにきました」
日々、教え子に迫られるようなあんな生活、二度とごめんだ。無職への危機を初めて知った。平凡でいい。平凡がいい。目立つのは、名前だけでいい。もうたくさんだ。
「おーおー。いいねえ。若いねえ。うちの冷蔵庫、カラにして行ってよ。すぐに注文を取りに行かせるから、空いてるとこ座って」
店内に流れているBGMは、競馬中継。それと、オヤジどもの野次。
俺は壁に貼ってあるメニュー、いやお品書きを、しみじみとひとつひとつ確認しながら、しあわせを噛みしめた。揚げ物、炒め物、麺類、どんぶりものに、お酒。迷うけれど、いつものアレだ。
そして、炒め物のいい香りが充満している。思いっきり、吸い込む。よし、食欲が湧いてきた。
「いらっしゃいませ。ご注文は、なにになさいますか」
聞き慣れない声の女店員だった。
街の定食屋に、若い娘は似合わないのに。しかも『ご注文』ってなんだ。ここはカフェかよ、イタリアンかよ!
定食気分を大いに害され、苦情を言おうかと思ったが、先に注文だ。俺は、壁面から視線を外し、若そうな声の店員に向き直った。
「焼きそばと、瓶ビー……ル」
店員は、咲久良みずほだった。
頭には、よくアイロンがけされた白い三角巾。おばちゃんと揃いの、あずき色のジャージの上には白いエプロン、足もとはゴムサンダル。
だっさい。まじ、だっさい。平和ボケして腑抜けていた気持ちが、一気に吹き飛んだ。
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
「お、おいおいおいおい、おい! なにが『かしこまりました』だ。この店、そんなノリの店じゃないぞ。街の定食屋だぞ!」
思わず、俺は咲久良のエプロンの裾を引っ張った。ぎゅっと、強く!