そんなとき、部屋のチャイムが鳴った。しつこく、何回も。
昨日の女かと思い、俺は無視した。始発電車は走りはじめたころ、現実に立ち返った俺は、女を部屋から追い出したのだ。我ながら、ひどい対応をする男。
チャイムは鳴り止まない。耳を塞いだが、それでも鳴り続ける。
不機嫌を引きずりながら、俺はインターホンの画面を見た。咲久良だった。
しかも、マンションのエントランスではなく、すぐそこの、玄関ドア先に立っている。しかもしかも、制服姿のままで。
「げ、まずい!」
はっとして時計を見上げると、午後五時前。下校途中で寄ったらしい。
俺はあわてて玄関に向かった。廊下を、超短距離ダッシュだ。
淫行教師のもとへ女子生徒が訪問……そんな姿が目撃されたら、万死に値する。
「あー、いたいた。こんにちは、土方先生。自宅謹慎中ですから、いますよね当然」
「……淫行教師の自宅マンションを制服でうろついていたら、ますます俺の弁解の余地もなくなるだろうに」
「だいじょうぶ。今日は、クラスの代表で来ました」
「女子のお前が、クラスの? 委員でもないくせに。不自然だろ。お前まで追い込まれるぞ」
「その点は心配ありません。クラスの大多数が、推薦で付属狙いです。内申書のために、目立つ行動はいかにも控えたいという雰囲気でしたので、外部受験をするふりをした私が、仕方なく引き受けたという感じにしておきました」
なるほど、考えたものだ。クラス公認ゆえ、あえて堂々とマンションへ来たのか。
「みんな、おかしいって言っています!」
「みんなって、誰だ。おかしいって、なにが?」
「みんなとは、うちのクラスの生徒です。先生が、あの三年生女子に嵌められたことが、おかしいんです」
「あのなあ、嵌められたって、そもそもお前が手紙を俺に渡した時点で……」
廊下を、マンションの住人が通りかかった。
声を大きくしている俺を不審そうに横目で確認して行った。まずい、このまま玄関先で話していては人目につく。できれば部屋には上げたくなかったが、仕方ない。
「とにかく、少しだけ入れ。少しの間だけだ」
俺は『少し』を強調した。
「はい。では、おじゃまします。先生、ずっと寝ていたんですか、寝ぐせだらけですよ。頭、もしゃもしゃ」
「ああ。日課のランニングもできない生活でね」
「それは御愁傷さまです」
「あのなあ」
「うわー。先日よりも、室内が荒れていますね。それに、女物の香水くさいです。換気しましょう」
そう言って、咲久良は部屋の窓を全開にした。
ふわっと、外気に包まれる。風が心地いい。ああ、外に出たい。籠の中の鳥だった。
「ふうん。自宅謹慎中に女性を連れ込むとは、いい根性していますね」
「お前のせいで、デートの約束を破ったからな、その埋め合わせだ。連れ込んだ程度で騒ぐな。俺はオトナの男だ。お前だって、以前はあの坂崎とかいう、いけ好かない男と……」
「自分の名誉のために言っておきますが、当時の私、坂崎さんには完全片思いでしたよ。私の、純粋な気持ちに気がついた母が、いやがらせで誘惑する過程を、逐一見せつけてきましたが」
「そうだったのか? じゃあ、お前はまだ処女……!」
「面と向かってなんてこと言うんですか、ひどい。生々しいですね。私は清い身です」
そうなのか、俺は安堵した。よかった、咲久良は坂崎のものになっていなかった。ほっとしたあまり、ぐるる~と腹が鳴った。
「おなか、鳴りましたよ。空腹ですか」
「今日はなにも食べていない。冷蔵庫に、なにもない」
「手のかかる人ですね、先生は。なにか、買ってきましょうか」
「作っては、くれないのか」
「恋人ごっこは、解消されましたので。手短に、話をしたら帰ります。誤解されたら困るでしょう、先生も。今日は先日置いた私の荷物、お泊りセットを回収しに来たんです。証拠隠滅。で、本題に入りますが、学校では先生の処分について意見が分かれています」
なんだ、もう食事は作ってもらえないのか。おいしかったのに。俺はひどく落胆した。特定の生徒と親密になるにはよくないことだと思いつつも、どこか咲久良には期待していた。
「分かれている?」
「はい。先生への厳重処分を求める派。言うまでもなく、被害女子生徒の友人たちと女性教師の大多数。先生、学校の女性教職員数人とも深いお付き合いをしましたね。土方先生は風紀を標榜しながらも、中身は至って軽薄だというもっぱらの噂です」
「う……」
痛いところを突かれた。誘ったことはある。誘われたこともある。
「教師とはいえ、人間。自然の摂理」
「そんなことばで、簡単に騙されませんよ。一方で、下半身奔放教師・土方歳三を援護する、健気な一派もいます。うちのクラスの生徒です」
おい、『健気』って、自分で言うか?
「先生は先日、結婚したいって話しましたよね。結婚を考えている先生が、女子生徒をしかも校内で襲うなんバカなことはしないって、みんなが先生を支持しています。結婚宣言、しておいてよかったですね。全世界を敵に回しても、担任クラスの生徒だけは先生の味方なんて、ドラマみたいで妬けます。もちろん私も、先生の潔白を信じていますよ」
「お前」
「私の場合は、知らず知らずのうちに、先生を罠に仕掛けてしまった負い目もあります。でもあの手紙、先輩から『部長からのことづけだから、あとで先生に渡して』と言われて預かったんです。中身は読んでいません」
「俺は、お前からもらった時点で、お前の手紙だと思い込んだが、そういえば……お前の字じゃなかったな。丁寧で綺麗な字だったが」
「先生、私に未練たらたらですね。いいですか、あんな素っ気ない封筒、私は使いませんよ。普通に事務封筒じゃないですか」
「ああ。確かにそうだった」
現在、呼び出しに使われた手紙は証拠品として学校側に押収されてしまっているが、覚えている。よくある、ただの白封筒だった。
以前、咲久良の進路調査票用紙が入っていた封筒は、女の子らしいかわいいものだった。少女趣味過ぎるほどに。
「それに、先生が入室したときには彼女、すでに脱いでいたという噂を耳にしました」
「その通りだ。俺が進路指導室に入ったときには、すでに。でも、証拠がない。それを言っても、脱いでいた脱いでいないの水掛け論」
「証拠になりそうなものは、あります。進路指導室の突き当り、廊下奥に設置されている、最近設置されたという監視カメラの映像です。先生の主張が真実なら、先生の入室後、彼女の裸に遭遇して、すぐに騒ぎになるはずです」
「それだ、咲久良! でかした! あのカメラが、俺の無実を晴らしてくれる」
すぐさま、俺は学校に電話して、身の潔白を証明できる証拠の存在に気がついたと主張した。
かくして、俺は無実放免となった。
記録された映像を確認してみると、明らかに罠だった。
俺が進路指導室に足を踏み入れた直後に彼女の悲鳴、あわてて部屋を出る俺、その後駆けつける教職員の姿が鮮明に映っている。この流れでは、さすがの俺だって女にはなにもできない。
あっぱれ、物的証拠。咲久良のミラクルな助言で、俺の人生は助かった。
部長の彼女は、今回の騒動について嫉妬ゆえ行ったのだと白状した。
部長は、俺に心酔どころか、ひそかに恋慕っていたというのだ。もちろん俺も部長も、男。部長本人は叶わぬ恋と割り切っていたらしいが、彼女は面白くなかったらしい。
そこへ、咲久良が入部した。咲久良を使える、と感じた彼女は咲久良に手紙を託し、利用した。俺はまんまと騙されたわけだ。
よくもまあ、ここまで考えたもの。それこそ、小説にでも仕立てたら、きっとおもしろいネタになるだろう。現実とは奇なり。
「ほんとうにごめんなさい、先生」
部長の彼女は、身体を半分に折り曲げるようにしながら誤った。部長も一緒に頭を下げてくれた。
「こいつの気持ちをくみ取れなかったぼくも、同罪です。咲久良さん、きみの洞察力はすごい。きみのような人になら、土方先生を任せられるのに。先生、咲久良さんと結婚してくださいよ。普段から、とても仲がいいじゃないですか」
なぜか、俄然咲久良押しになった部長に、俺は辟易した。
「ありがとうございます、部長。ほんとうは私たち、すでに深いお付き合いをしているんです」
「おい、嘘はやめろ?」
「照れちゃって、やだあ。でも、内緒にしていてくださいね。教師と生徒ですから。土方先生のことは、私が必ず大切にしますので……とまあ、これはほんの冗談ですけど、クラス担任である今年度いっぱいまでは、せいぜいお世話します」
「頼もしいな、咲久良さんは」
それを聞いた部長は満足そうに頷き、帰った。
文芸創作部、しばらく休部となりそうだ。せっかくの、競作課題も中止。文化祭への参加もないだろう。来年は、忙しい運動部の顧問にさせられるかもしれない。
「残念でした。『恋』がお題の競作、楽しみにしていたのに」
「ほかの部員は、書かなくて済んで、ほっとしているだろうな。とりあえずの気持ちで所属している部員が多いんだ」
「ところで、ママに返してもらった、先生の原稿! 読ませてください」
「あれは、もう処分した。今ごろは焼却炉で灰」
「そんな!」
「お前、読んだんだろうが」
「ほんの冒頭だけです」
「いったい、どこで手に入れて読んだんだ」
「母が、たまに気分転換のためにリビングで執筆することがあるんです。そのときは、パソコンと先生の原稿を持って来ていたんです。その、母が席を外したときに、ちょっとだけ読んでしまいました。だって、土方歳三の書いた小説ですよ。気になりますよ。ことばの選びかたというか、感覚がいいなって思っただけで、熟読はしていません。時間もなかったし」
当時、咲久良は中学生だったという。感覚がいい、と批評されるとは。
「俺のは、もう古い。次は、お前が書けばいい」
「私が?」
驚いた顔をした咲久良だったが、やがて耳まで赤く染めた。
「書きたいんだろ。親の七光りとは無関係な場所で」
「はい……!」
「『恋』がお題じゃなくてもいい。なにか書いたら、持ってこい。添削してやるが、まずは受験だ」
目の前の女生徒は、いい笑顔でうなずいた。
これなら、もう俺がいなくてもだいじょうぶそうだ。
「先生、お世話になりました。しつこくつきまとったこと、謝ります。ごめんなさい。もう、しません」
お別れの挨拶みたいになっているが、これでよかったのだ。咲久良は本来進むべき道を歩きはじめた。まばゆいまでの光にあふれた、明るい道を。
「志望校選びだけ、相談に乗ってくださいね。留学も考えています」
「いいんじゃないか。親の監視から離れられて」
「金髪の彼氏ができたら、先生にも紹介してあげますね」
「望みは大きく持て。その日が来るのを、楽しみにしている」
表面上は一生徒の自立を喜びつつも、作り笑いで手を振るのがやっとだった。
7
休日、といっても、なにもする気が沸かない。脱力。
自宅謹慎が解けた日はうれしかったが、もとに戻れば、いつもの日々が繰り返されるだけだった。
でも、とりあえず、起きて、走って、なんとなく街をぶらつく。ドライブもかったるいし、女遊びには、気が乗らない。映画も読書も買い物も、面倒だった。
日常って、平和だな……時間の流れは止まらない。戻ることもない。
そんな当たり前のことを、俺はしみじみと噛みしめた。
なにもしないのに、ハラだけは空いた。生きている証拠といえばそれまでだが、俺は自分の感覚に恐れ入った。命って、偉大だ。
速足で、行きつけの定食屋へ向かう。
服は、そのへんに置いてあったトレーナーとくたびれたジーンズ。それに、かかとをつぶして履いている、よれよれのスニーカーを素足で。学校では、毎日スーツをしゃきっと着こなしている俺の姿とは程遠い。
そういえば、このところ忙しくて、あの定食屋は久しぶりだった。店の前を通り過ぎるたびに、来よう来ようと思いつつ、なかなか行けなかった。
「いらっしゃい、先生。ちょっと久しぶりじゃないかい」
のれんをくぐるとすぐに、おばちゃん店員のいつもの声が飛んできた。ほっとして、俺は癒された。
平穏って、こういうことなんだなとしみじみ感じた。物足りないような不安がよぎるけれど、それは気の迷いだ。
「今日はがっちり食べにきました」
日々、教え子に迫られるようなあんな生活、二度とごめんだ。無職への危機を初めて知った。平凡でいい。平凡がいい。目立つのは、名前だけでいい。もうたくさんだ。
「おーおー。いいねえ。若いねえ。うちの冷蔵庫、カラにして行ってよ。すぐに注文を取りに行かせるから、空いてるとこ座って」
店内に流れているBGMは、競馬中継。それと、オヤジどもの野次。
俺は壁に貼ってあるメニュー、いやお品書きを、しみじみとひとつひとつ確認しながら、しあわせを噛みしめた。揚げ物、炒め物、麺類、どんぶりものに、お酒。迷うけれど、いつものアレだ。
そして、炒め物のいい香りが充満している。思いっきり、吸い込む。よし、食欲が湧いてきた。
「いらっしゃいませ。ご注文は、なにになさいますか」
聞き慣れない声の女店員だった。
街の定食屋に、若い娘は似合わないのに。しかも『ご注文』ってなんだ。ここはカフェかよ、イタリアンかよ!
定食気分を大いに害され、苦情を言おうかと思ったが、先に注文だ。俺は、壁面から視線を外し、若そうな声の店員に向き直った。
「焼きそばと、瓶ビー……ル」
店員は、咲久良みずほだった。
頭には、よくアイロンがけされた白い三角巾。おばちゃんと揃いの、あずき色のジャージの上には白いエプロン、足もとはゴムサンダル。
だっさい。まじ、だっさい。平和ボケして腑抜けていた気持ちが、一気に吹き飛んだ。
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
「お、おいおいおいおい、おい! なにが『かしこまりました』だ。この店、そんなノリの店じゃないぞ。街の定食屋だぞ!」
思わず、俺は咲久良のエプロンの裾を引っ張った。ぎゅっと、強く!
「ちょっと先生、新しいアルバイトの女の子をいじめないでくださいよー。辞めちゃったらどうしてくれんの。ふふふ、かわいいでしょ。あたしに代わって、新しい看板娘だよ。セクハラ禁止」
咲久良に向かって吠えた俺を、おばちゃんがいなした。
「いや、だってこれ、うちの高校の生徒どころか、俺の担任クラスの女子なんだ」
しかも、偽装で恋人だった。
「ああ、先生が一度連れて来たってね。あたしはよく覚えてないんだけど、面接のときに、みずほちゃんもそんなこと話してた。写真、撮ったんだっけ?」
「うちの高校、基本的にバイト禁止だぞ? しかもお前の家、娘がバイトなんて許すのか? おばちゃんには家のこと、話したのか。こいつ、地元議員のひとり娘で」
なんか……俺が、咲久良の保護者みたいな気持ちになっていた。
「ああ、聞いてるよ。咲久良家の、跡継ぎのお嬢さんだって。でもこの時代、家がしっかりしていても、いつどうなるか分からないし、アルバイトぐらい経験しておかないと。進学の学費稼ぎ兼社会勉強、だってさ。今どき、えらいね。笑顔がいいけど、手際もいいよ」
太っ腹、いや肝っ玉な豪傑。さすがだ、おばちゃん。世間の荒波にのまれることなく、万事慣れていて、頼れる。
「学校には内密にしておいてください。もっとも、両親には、アルバイトの許可は得ています。当面、休日昼だけのシフトで働かせていただいております」
「ほら。みずほちゃん、固いよことばづかい。もっと大きい声で、しっかりはっきり」
「はい、かしこまりました!」
かしこまりました、を聞いた定食屋の客たちが、がははと大きな声でいっせいに笑い出した。店内では、はっきり言って浮いている存在だが、それがかえって新しくて、おもしろいようだった。
咲久良を目当てに来ている客も、すでにいるらしい。そりゃ、いるだろう、分かる。殺伐とした戦場に咲く、一輪の花だ。しかも、豪華な。
咲久良はよく動いていた。
初めて外で働くわりには、なかなかいい。うちで作ってくれた手料理もなかなか上手だったし、掃除も手早かった。祖母の介護をしていたことが生きている。単なる箱入りのお嬢さまではない。
「お客さま、お待たせいたしました。ビール、お注ぎいたしましょうか」
「いい。自分でやる。お前は、さっさと次の仕事へ行け。昼時なんだ、忙しいだろ。ほら、寄越せ。ビールとつまみ!」
ビールとグラスを奪うように受け取る。とりあえずのおつまみで出されるメンマが、また美味だ。
「ごゆっくりどうぞ、お客さま」
先生ではなく、恋人でもなく、一般のお客さま扱いされて、しかも営業用の笑顔を向けられて腹が立った俺は、咲久良を観察することにした。
客なら、ちょっとぐらい店員を値踏みしても許されるだろう。開き直って、俺はあいつを監視する。
学校にいるときとは違って、化粧もほとんどしていない。日焼け止めぐらいしか塗っていないのだろう。なのに、とてもきれいだと思ってしまう。頬がゆるみそうになった。
いや、だめだ。アルバイトは。俺、風紀担当の教師だぜ? 校則違反を放っておけるか?
続いて、焼きそばは、おばちゃんが持って来てくれた。
「みずほちゃんじゃなくて悪いね、はいどうぞ」
咲久良はほかのお客さんに呼び止められ、談笑している。くっそ、あの客、俺の脳内でぶん殴る案件発生。
「別に、そういうつもりで来たんじゃないし。そもそも、知らなかったし。おばちゃんのほうが安心だ。細くて白っこい腕のあいつに、なにかを運ばせるなんて、危なっかしい」
「評判、いいよみずほちゃん。最初は緊張していたのか、表情も動きも固かったけど、適応力あるね」
「俺の自慢の生徒だ」
即答の俺。おばちゃんは笑いを吹き出した。
「ビール、空だよ。もう一本いこうか」
「ああ。お願いします」
「みずほちゃんのこと、もう少し見ていたいってわけか」
「家にいても、やることなくて。ヒマなんだ」
「二十七にもなって、休日は昼間っから定食屋で管巻いて、ビール飲むだけか。世も末だね。せっかくの男前が泣くよ」
「放っておいてくれ。それより、咲久良に変な男が寄りつかないよう、目を光らせてください。あいつ、愛想を振りまいているくせに、ほんっとに無自覚だから」
「それはもちろん注意しているよ。でも、最後に選ぶのは、みずぽちゃん本人だからさ」
そう。最後に選ぶのは、あいつ。
市井のおばちゃんですら理解している真理を、咲久良の両親はないがしろにしていた。思い出しただけで腹が立つ。
「それはそうと、みずほちゃんのこと、このお店では名前で呼んであげてよ。『咲久良』の名前はここらじゃ有名だし、選挙があるときは父親の活動を手伝っているから、顔も知られちゃっているかもしれないし。身許がバレたら面倒でしょ。アルバイト禁止の高校なら、なおのこと」
「名前?」
「みずほちゃんって、さ」
今まで、咲久良のことは、名字呼びだった。せいぜいが、あいつとか、こいつ、お前だった。
……みずほ。
いや、だめだ。想像しただけで恥ずかしい。
「ぜ、善処する。前向きに検討いたす所存であります」
「先生、年甲斐もなく照れちゃって。ま、いいけど。そこで迷っている間に、誰かに奪われちゃっても、あたしは知らないよ。先生だって、好きな人には名前で呼ばれたほうがうれしいんじゃない?」
おそるべし、食堂のおばちゃん。もしや、ラスボスか?
確かに、『としくん』はうれしかった。特別感があって、親密な感じだった。
結局、俺は咲久良(と咲久良に絡もうとする男性客)から目が離せなくなり、昼営業が終了する午後二時、つまり咲久良の終業時間まで居座ってしまった。
ビールを、ひとりで三本も空けてしまった。それに、日本酒までつけてしまった。
「咲久良、家まで車で送る」
エプロンを外した、仕事終わりの咲久良に、俺はそう声をかけた。『みずほ』なんて、呼べない。呼べそうにない。
おばちゃんに睨まれたが。遠くにいたのに、地獄耳か? 読唇術のほう?
それとも、この店のテーブル下には盗聴器でも仕込んでいるのか?
あるいは、あのおばちゃんが、実は高度な頭脳を組み込まれたAIおばちゃんで、俺の失言を即座にキャッチ……やめよう、酔っぱらいの妄想だ。
送ろうと言われた、当の本人は、というと。
「は? 冗談やめてください、先生。どれだけ飲んだと思っているんですか。それに私、自転車で来ましたので。では、お先に失礼します。さようなら」
「送るって。遠慮するな」
「送る送るストーカーはいりません」
ようやく席から立ち上がったけれど、想像以上に足もとがふらついた。目も回る。
「ほら。帰ったほうがいいですよ」
「……酔い覚ましに歩く」
「だから、私は自転車ですってば」
「押せ。それかふたり乗り」
「公道でのふたり乗りは、道路交通法違反です」
「ならば徒歩!」
「一時間近く、かかります」
「それもまたよし。というか咲久良お前、自転車に乗れたのか? 学校、電車バス通学よりも、自転車のほうが早いだろうに」
「乗れますよ、もちろん。ただ、ママに止められていただけです。自転車は危険だからって」
自転車が禁止とか、どんだけ箱入り育ちなんだ、こいつ。
なんとか歩きはじめるが、しんどい。飲み過ぎた。なんという体たらく。
「……この時期にバイトなんかはじめて、受験勉強できるのか」
「気分転換です。休日、家にいてもひとりですし。楽しいですよ。まかないごはんも美味です。勉強は、帰ったら集中してやります。だらだら時間をかけても、身につきません」
「働くなら、ひとこと、相談ぐらいしろ。しかもあの店は、もともと、俺が連れて来てやった店だろうに。いいや、そもそも、かわいい女子高生が、だっさいジャージを着て、むさい男相手の定食屋でまかない付きのアルバイトとか、ない。どうせなら、カフェとか雑貨屋とか、もっとそれらしいのを選べよ」
「担任の先生風情に、そこまで干渉される筋合いはないかと」
「とことん他人行儀だな」
「他人ですもの。『かわいい女子高生』の発言だけいただきます。ごちそうさま」
それにしても、よく親がアルバイトを許したものだ。諸手を挙げて反対しそうなのに。特に、父親。
「まさか、ほんとうは黙って働いていないだろうな」
「許可は下りていますって、さっきも言いました。酔っぱらいは、くどいですね。親にバイトを禁止されたら、家出するつもりでした。先生にひどく叱られた今では、ふたりともすっかり丸くなりました。パパは家に帰ってくるようになりましたし、ママも若い恋人を作るのはやめて、創作に専念しています。私に駆け落ちされるぐらいなら、部分的に譲歩しようって」
しかし、ゆっくりでも歩いていると、次第に頭が痛くなってきた。
「……悪い、咲久良。そこのコンビニで、休憩。水、買って来てくれ。ああ、小銭がない」
俺は咲久良に千円札を一枚、渡した。
「飲み過ぎですよ、先生は」
別れを切り出して以来、咲久良は『としくん』とすっかり呼ばなくなった。頭のスイッチの入れ換えが早いのはよいけれど、俺の気持ちの整理がついていない。もしかして、これは未練なのか。
「よいしょっと」
どうにも我慢できなくて、俺は駐車場の縁石の上に座り込んだ。
高校教師がコンビニ前でしゃがみ込むなんて、とんだ失態だ。けれど、酔いのせいで視界が定まらない。昼間っから、なにやってんだ……淫行教師とは別の方向でまずいだろ、これ。
小走りで戻ってきた咲久良が、ペットボトルとお釣りを返してくれた。両手で、ぎゅっと。こういうところは変わっていない。
「先生、ご自分で飲めますか」
「ああ。悪いな」
俺はキャップを外すと勢いよく、半分ぐらいの量を一気に飲んだ。喉を鳴らして。うまい。水はうまい。
深酒すれば、最悪な気分になることは自明なのに、どうしていつも飲んでしまうんだ。結論、人間には水がいちばんだ。
「……今の質問、おかしくなかったか。俺が水を欲しているのに、自分で飲めなかったら、どうしたんだお前」
「あ。そのときはですね、ストローをもらってくるとか、くふうしようと」
「もしかして、口移ししたかったんじゃないのか、おい?」
「やめてください、酔っぱらいは無理です。それに私、先生の生徒です。恋人ごっこも、もうやめたんです。今さらそんなこと、できるはずありませんよ。それ以上言ったら、セクハラ教師だって学校に訴えますよ」
「あっそ。恋人ごっこをやめたとたん、急につれない態度を取るな、お前。まあ、用が済めば、そんなものか」
「まるであべこべですね、これまでと。先生が私を追いかけるなんて」
「追いかけてなどいない。自宅まで送っているところ。おい、このお釣りで菓子でも買えよ」
「私を小銭で釣るつもりですか。仕方ないですね、じゃあアイスでも食べようかな」
そのあと、会話が途切れた。
俺は水を飲んでいる。咲久良はアイスを食べながら、そのへんをうろうろしている。
さっきまでの調子で、『では、先に帰ります』ぐらい言われてもおかしくないのに、俺たちは距離を置きながらも離れなかった。
俺が寄り道を強いたせいで、咲久良の自宅前に着いたときには四時半を過ぎていた。
「ありがとうございました」
酔っぱらいに付き合わされて帰宅がだいぶ遅くなったのに、咲久良は礼儀正しく頭を下げて俺に挨拶をした。
「明日も、バイトなのか」
「はい。でも、来ないでください。担任の先生にいちいち監視されるなんて、仕事やりづらいし、恥ずかしいので」
「俺は俺の金で飲み食いしているだけだ。お前を監視しようなんて目的はない」
「いいですか。明日は、絶対に来ないでください」
「だったら、仕事が終わったら、俺の部屋に来い」
つい、本音が出てしまった。俺は、咲久良と一緒にいたいのだ。
笑顔が見たい。泣かせたくない。ほかの女ではだめだ。こいつの甘い声で『としくん』と呼ばれたい。
けれど、俺は教師で咲久良は生徒。
教え子との恋に溺れるなんて愚行、俺は決してしないと心に誓ったはずなのに。
「いいや、今のは嘘。なし。冗談。忘れろ」
必死にごまかした。なのに、咲久良の顔は真剣だった。
「本気、ですか」
「だから今のは」
「私、あなたの生徒ですよ。そのへんの遊び相手と、同類にしないでくださいね。もし、先生が本気なら、覚悟を決めて私も考え直します。せっかく、諦めようと思えてきたのに。手離した途端に惜しくなったんですか」
若い咲久良は純粋で無垢だった。
俺が失ってしまったものを、咲久良はまだ持っている。こんなところに惹かれているのかもしれない。俺の心は揺れた。
……欲しい。
咲久良が欲しい。多少のリスクを背負っても、構わない。
「俺のことが、男として少しでも好きなら、来てほしい。面倒なことは、俺が全部なんとかする。好きだ、みずほ」
とうとう、言ってしまった……。
酔った勢いで、生徒に対して本気で告白するとか。しかも、担任クラスの女子生徒に。どうかしている。
でも、本心だった。
絶対に口にしてはならない、本心だった。
俺は自己嫌悪に陥った。
咲久良を送ったあと、どう帰ったか、よく覚えていない。
確か、行きに寄ったコンビニでまた酒を飲んだんだ。
自分のバカさ加減にあきれ、ビールではなくもっと強いウイスキーを選んでちびちび飲みながら、夕暮れの道を朦朧としながら歩いた。半泣きだったかもしれない。
咲久良が見たら、百年の恋も醒めてしまうだろう、俺の不甲斐ない姿。
部屋に着いたときにはもう真っ暗で、気がついたら玄関に寝ていた。ドアを開けてすぐに倒れ込んだようだった。
「ちっ、夜中の二時かよ」
ふらふらになりながら、俺はシャワーを浴びた。朦朧としたまま歯磨きをして溺れるようにベッドで寝た。そうだ、咲久良と添い寝した夜もあったことを、おぼろげに思い出しながら。
あいつの肌、ふわふわだったな。いつか、抱いてみたい。高校を卒業したら、一回ぐらいさせてくれるかな。あっ、また愚かな妄想をしてしまった。
……。
……、……。
……、……、……。
「いつまで、寝ているんですか。もう、午後の三時で・す・よ」
枕が喋った。
しかし、違った。俺は寝ぼけていた。
枕もとの目覚まし時計を手繰り寄せると、針は午後三時五分を示していた。
おかしい。
俺が寝たのは夜中の二時半だったのに。あれか、すでに十二時間以上経過したというのか。時間をワープしたとしか思えない。
「走らない……と」
身体がうまく動かない。短時間で、極度にアルコールが入ったせいか、全身がやたらと重だるい。痺れているかのように。目の前も真っ暗だ。俺は頭をかかえた。
「今は無理ですよ。まず、お水でもいかがでしょう」
「水、くれ」
渡されたコップには、冷たい水がなみなみと入っていた。とてもありがたい。俺は飲んだ。もう一杯、所望した。夢かもしれないが、やたらと懇切丁寧だ。
「おはようございます、としくん。昼間っから潰れるほどの飲み過ぎはいけませんよ、ほどほどにしてくださいね。悩みでもあるんですか? そもそも、男性のほうが短命なんですから。ずっと私をひとりにするつもりですか。ほかの人と再婚してもいいんですか」
一気に目が覚めた。咲久良がいた。
「としくん言った。咲久良が、としくん言った!」
瞬間、俺は歓声を挙げていた。
「ちょっと、ご近所さんに聞こえちゃいますよ。落ち着いてください」
「もう一度呼んでくれ、としくんって。なあ、としくんって。来てくれたんだな、咲久良。昨日のあんな誘い方で」
興奮した俺に、咲久良は冷静だった。
「はい。としくん、どうどう。としくん、落ち着いて。はい、いい子いい子」
頭を撫でられ、どうどう、とか。俺は馬か。
「どうやって、部屋に入った」
「以前と、ほぼ同じです。出入りしていたマンションの住人さんにしれっとついてエレベーターに乗り、としくんのお部屋まで来たら、玄関ドアの鍵は開いていて。こんなご時世なんですから、いくらセキュリティの高いマンションでも、物騒ですよ。でも、としくんはかわいい顔で熟睡でしたね。呼び出しておいて、自分は昼酒で半裸のままお昼寝中とか」
「昼酒昼寝じゃない。夜から寝通し寝ていた」
「ええ? もう、午後の三時なのに? 惨事ですね、これは」
「いいから、もう一杯。水をくれ。冷蔵庫」
それで、本格的に目が覚めた。
俺を介護してくれたのは、枕ではなく、もちろん咲久良だった。
定食屋のアルバイト終了後、約束通り来てくれたのだ。約束通りに!
なのに、俺は恥ずかしくてなにも言えないし、手も出せない。それ以前に、酒くさくてためらってしまう。キスもできない。うれしいような、うれしくないような。中学生かよ。
ようやくひと息ついて、ジャージを着ることができた。しかし、ベッドから起き上がる気力がまだない。だるい。
そんな俺を見て諦めたのか、咲久良は部屋の隅で携帯ゲームをしている。
……かわいい。見ているだけでもかわいい。『としくん』と呼んでくれた。咲久良は変わっていなかった。
しかし、そんな淡い思いではだめだ。咲久良を押し倒して、俺のものにするために呼んだのだ。喰いたい。
なのに。
咲久良がそばにいてくれるだけで今、幸福感に包まれている。
「絶対にしあわせにする。だから、今夜はここに泊まれよ」
驚く咲久良の顔。こういう、間の抜けた表情も愛らしい。
「本気の恋は秘するものだ」
「は、はい!」
「覚悟、してくれ」
俺は、咲久良の身体の上に跨った。ゆっくりと重なる唇。強引に舌を絡めた。咲久良の唇からは、やがてかわいい声が漏れてくる……はずなのに。
「いやあああ、お酒くさい! 無理です、無理。未成年者には、どうしたって無理です。今日は帰りますね。明日また、学校で会いましょう先生」
「さ、咲久良」
「さようなら、先生」
「おい、俺は不完全燃焼……明日、国語準備室で襲うぞ。いいのか」
「我慢です、我慢。私、としくんが大好きですけど、卒業式を終えるまでは、としくんに抱かれるつもりはありませんよ。許すのは唇だけです。それ以上は絶対に許しません」
「あの親を説得して、俺はお前と結婚したいとさえ思っている。なのに、味見もできないのかよ。ちょっとでいい、少し触らせろ。俺の欲望をどうしてくれる」
「だ・め・で・す」
きっぱり、断られた。
「おい、咲久良」
「あと! ふたりきりのときは、名前で呼んでください。『みずほ』って。昨日の別れ際のあれ、きゅんきゅんしました。じゃあね、としくん?」
相愛なのに。おいおい、今さらお預けとか、ないだろうに? どうすんだ、俺の欲望の行く先は。
俺の目の前は、再び真っ暗闇に落ちた。
平均点普通っ子の仮面を脱いだ咲久良は、めきめきと成績を上げた。三年生では、文系特進クラスに入るだろう。
さすがは作家・冴木鏡子の娘。俺が担任できなくなることが惜しい。手離したくないのに、さらに追い打ちをかける話が届いた。
「来年、創作文芸部は、部から同好会に格下げになる見込みだ。部員数が減っていたこともあるし、部長の彼女が部を巻き込んで騒動を起こしたのが響いた。部長たちが卒業するから、責任は問われないと思った俺が甘かった」
「それは残念ですね」
「となると、部の顧問も解任される。俺は、運動部……具体的には、陸上とかバスケットとかサッカーとか、そっち方面のハードな顧問を担当させられるらしい。そうなれば、土日は練習、長い休みは合宿や大会で休みが奪われる。お前とゆっくり、いちゃいちゃもできない」
「じゃあこの生活、今年度いっぱいで終わりですね」
週末の昼は定食屋でアルバイトをして、それが終わったら俺の部屋に来るのが、最近のいつもの流れと化していた。
定食屋のおばちゃんには、俺と咲久良が、実はらぶらぶだとバレているかもしれないので、ここのところ俺は怖くて行っていない。
「おい、納得するのか?」
「波風立てて、目立ちたくありません。それに、私には受験勉強がありますし、創作したいものを少しずつまとめたいので、こんなふうにとしくんの部屋に入りびたるわけにもいきませんよ。ちょうどいいかもしれません。受験が終わったら、卒業です。まったく逢えないわけではありませんし、私は耐えます」
「受験勉強、俺が教えてやるって。点の取れる小論文の書き方、採点者の受けのいい解答方法。教科書には載っていない受験マニュアルを丁寧に教えてやる。ただし、ふたりっきりのときに」
「……教師のくせに、いやらしい言い方ですね、まったく。早く涸れればいいのに」
「涸れるには早いって! 勝手に涸らすな」
幸い、誰にもまだバレていない。
咲久良家の両親が不在のときには、俺の部屋に泊まって当然のように並んで一緒に寝るけれど、俺たちは最後の一線を守っていた。
いつまで我慢できるかどうか、正直俺には自信がない。
長い夜、咲久良の気配を感じ、眠れないまま朝を迎えてなかば逃げるようにしながら、マンションのを飛び出してランニングをはじめることもある。
こんなに苦しい禁欲生活が続くならば、ひとりでのんびりと寝たほうがましかもしれない。風紀指導の鬼教師が、行き場のない性欲をかかえて悶えて苦しむなんて、面目まるつぶれだ。
「本気の恋は忍ぶもの、ですね。としくん」
「それ、前に俺が言ったことば。みずほ?」
「としくん、もう一度創作してください。女子高生に溺れる教師をネタにして、そっちにとしくんの情欲をぶつけてください、がっちり全部」
「モデルになるか? 実地で教えてやる」
「妄想の世界のみで、お願いします。禁断の、教師×生徒もの。永遠のテーマです。受けますよ。『全女子が泣いた』っていう帯がついて、ベストセラー間違いなし、ドラマ化映画化です。冴木鏡子なんて三流作家、軽く超えちゃいましょう。でもその場合、覆面作家決定です。現役の教師が、教え子との恋愛を小説にしたら、まずいですね。リアル過ぎて! あーあ、せっかくきれいなお顔しているのに、としくんはマスコミに登場できないのかあ、残念」
「なあ、冗談はさておき。現状、どこまでなら許されるんだ? 俺はお前に触れたい」
「見つめ合う。頭を撫でる。手をつなぐ。以上」
「は……はあ? 俺、二十七の健康な男なんだけど」
「私は十七歳の教え子です、しかも箱入りです」
「それは分かっているが、たまにはちょっとぐらい、いいだろ……」
柄になく、俺は猫なで声を使った。しかし、返答は。
「だ・め・で・す!」
「後退してないか? 何度もキスしたし、こうして同じベッドで寝てんのに。友人に聞いてみろ? 今どきの高校生の、男女のお付き合いの、赤裸々な実情を! みずほがほしい!」
最後は、ほとんど駄々っ子だった。自尊心のカケラもない。
「あれ。誰か、言いませんでしたっけ。ほら、また出ました、『本気の恋は忍ぶもの』! なんとなく、『秘すれば花なり』に通じますね、世阿弥ですね、さっすが国語科の先生! それにほら、女子生徒がほしいなんて叫んだら、淫行教師の道へまっしぐらですよ、風紀の鬼・土方先生?」
俺は、みずほに惚れている。全部が欲しい。初めての男になりたい。将来は結婚して、守ってやりたい。家族をつくりたい。
しかし、俺も長男。『歳三』なのに。
どうやって、みずほの両親を説得しようか、それだけが目下の悩みだ。
(了)