「ふうん。自宅謹慎中に女性を連れ込むとは、いい根性していますね」
「お前のせいで、デートの約束を破ったからな、その埋め合わせだ。連れ込んだ程度で騒ぐな。俺はオトナの男だ。お前だって、以前はあの坂崎とかいう、いけ好かない男と……」

「自分の名誉のために言っておきますが、当時の私、坂崎さんには完全片思いでしたよ。私の、純粋な気持ちに気がついた母が、いやがらせで誘惑する過程を、逐一見せつけてきましたが」
「そうだったのか? じゃあ、お前はまだ処女……!」
「面と向かってなんてこと言うんですか、ひどい。生々しいですね。私は清い身です」

 そうなのか、俺は安堵した。よかった、咲久良は坂崎のものになっていなかった。ほっとしたあまり、ぐるる~と腹が鳴った。

「おなか、鳴りましたよ。空腹ですか」
「今日はなにも食べていない。冷蔵庫に、なにもない」

「手のかかる人ですね、先生は。なにか、買ってきましょうか」
「作っては、くれないのか」

「恋人ごっこは、解消されましたので。手短に、話をしたら帰ります。誤解されたら困るでしょう、先生も。今日は先日置いた私の荷物、お泊りセットを回収しに来たんです。証拠隠滅。で、本題に入りますが、学校では先生の処分について意見が分かれています」

 なんだ、もう食事は作ってもらえないのか。おいしかったのに。俺はひどく落胆した。特定の生徒と親密になるにはよくないことだと思いつつも、どこか咲久良には期待していた。

「分かれている?」
「はい。先生への厳重処分を求める派。言うまでもなく、被害女子生徒の友人たちと女性教師の大多数。先生、学校の女性教職員数人とも深いお付き合いをしましたね。土方先生は風紀を標榜しながらも、中身は至って軽薄だというもっぱらの噂です」
「う……」

 痛いところを突かれた。誘ったことはある。誘われたこともある。

「教師とはいえ、人間。自然の摂理」
「そんなことばで、簡単に騙されませんよ。一方で、下半身奔放教師・土方歳三を援護する、健気な一派もいます。うちのクラスの生徒です」

 おい、『健気』って、自分で言うか?

「先生は先日、結婚したいって話しましたよね。結婚を考えている先生が、女子生徒をしかも校内で襲うなんバカなことはしないって、みんなが先生を支持しています。結婚宣言、しておいてよかったですね。全世界を敵に回しても、担任クラスの生徒だけは先生の味方なんて、ドラマみたいで妬けます。もちろん私も、先生の潔白を信じていますよ」
「お前」

「私の場合は、知らず知らずのうちに、先生を罠に仕掛けてしまった負い目もあります。でもあの手紙、先輩から『部長からのことづけだから、あとで先生に渡して』と言われて預かったんです。中身は読んでいません」
「俺は、お前からもらった時点で、お前の手紙だと思い込んだが、そういえば……お前の字じゃなかったな。丁寧で綺麗な字だったが」

「先生、私に未練たらたらですね。いいですか、あんな素っ気ない封筒、私は使いませんよ。普通に事務封筒じゃないですか」
「ああ。確かにそうだった」

 現在、呼び出しに使われた手紙は証拠品として学校側に押収されてしまっているが、覚えている。よくある、ただの白封筒だった。

 以前、咲久良の進路調査票用紙が入っていた封筒は、女の子らしいかわいいものだった。少女趣味過ぎるほどに。

「それに、先生が入室したときには彼女、すでに脱いでいたという噂を耳にしました」
「その通りだ。俺が進路指導室に入ったときには、すでに。でも、証拠がない。それを言っても、脱いでいた脱いでいないの水掛け論」

「証拠になりそうなものは、あります。進路指導室の突き当り、廊下奥に設置されている、最近設置されたという監視カメラの映像です。先生の主張が真実なら、先生の入室後、彼女の裸に遭遇して、すぐに騒ぎになるはずです」

「それだ、咲久良! でかした! あのカメラが、俺の無実を晴らしてくれる」


 すぐさま、俺は学校に電話して、身の潔白を証明できる証拠の存在に気がついたと主張した。