ヤマナカエイスケは今日は昼から民放ドラマの収録があるとかで帰っていった。帰り際にメモ用紙を渡された。携帯電話の番号だった。
山中 英輔 090-xxxx-1225
と書かれたメモは昨夜コンビニで買い物をしたレシートの裏だった。ボールペンで殴り書きされたそれは男性らしい、よく言えば達筆な字体であった。
那月は山中英輔の使ったグラスを洗いながらうっとりとした。昨夜、厳密には朝まで彼は確かにそこにいた。まだそこにあるソファーには彼の温もりさえ残っているようにも感じた。
偶然の出会いから既に4年半の年月が過ぎていたことを思うと、それは偶然ではなく運命的な何かだったのではないかとさえ思えた。
那月は余韻が冷めぬまま、シャワーを浴びて一眠りすることにした。気持ちは高揚していたが、睡魔は簡単に襲ってきて、思いの外早く眠りについた。
目が醒めるともう10時を回っていて、那月は慌てて支度をした。コンビニで購入した菓子パンを朝食として食べて、11時のカフェの開店前にはバイトに行かなければならなかった。
クリスマスイヴもクリスマスもバイトとは寂しい気もしたが、昨夜の記憶があればどんなに忙しくても、注文の多いクレーマーがいても頑張れる気がした。
バイトが終わった18時。遅番に交代して、今日はまっすぐ帰って眠ることにした。今朝明け方まで山中英輔と一緒にいたから睡眠不足である。
帰宅してすぐにシャワーを浴びて、布団に潜り込む。この瞬間が何よりも至福であった。
昨夜の余韻が抜けないこととカフェが忙しかったこともあり、アドレナリンが出てしまっているようですぐには眠ることができずに、スマートフォンを取り出した。ケースに挟んでおいた山中英輔から渡されたメモの電話番号を登録した。
スマホ画面に映る【山中 英輔】の文字に頬が緩んだ。
次の朝、テレビをつけると朝のワイドショーで長髪茶髪の山中英輔が映った。黒のスーツに大きな花束を持って細身のお洒落ネクタイを締めた山中英輔は元はグラビアアイドルの美人な女優さんと並んで笑っていた。
あの日。クリスマスイヴのあの日。山中英輔とコンビニで偶然会ったあの日。
山中英輔はドラマのプロモーションのイベントの後だった。イベントではたくさんの報道陣に囲まれて、美人の女優さんとイケメンの後輩俳優と、背筋をしゃんと伸ばして立っていた。それは那月の知っている可愛い山中英輔ではなく、少し前のまだ遠い存在だったヤマナカエイスケであった。
疲れているのに、朝まで付き合ってくれたことが、嬉しいよりもなんだか申し訳なく思った。
紺野那月
先日は引き止めてしまってすみません。ドラマ頑張ってください。
電話番号を登録した際に勝手に入ったSNSでメッセージを一つ送ってスマートフォンの画面を消した。
それよりも国試対策ラストスパートである。看護師国家試験は9割の合格率だと言われているが、残りに1割に入るわけにはいかなかった。
元々机に向かうことが好きだった那月は卒業試験も、看護師国試も、保健師国試も難なくパスした。
その間、山中英輔とは会わなかった。厳密には会えなかった。ドラマに舞台に、それらのプロモーションに忙しすぎるとも言える山中英輔とは週に数回メッセージがやりとりされるだけで、お互いに会う余裕がなかった。
山中 英輔
国家試験の合格祝い、今度しようね。
そんなメッセージはきたけれど、会えるのはいつになるのか、那月にも山中英輔にも分からなかった。
山中 英輔 090-xxxx-1225
と書かれたメモは昨夜コンビニで買い物をしたレシートの裏だった。ボールペンで殴り書きされたそれは男性らしい、よく言えば達筆な字体であった。
那月は山中英輔の使ったグラスを洗いながらうっとりとした。昨夜、厳密には朝まで彼は確かにそこにいた。まだそこにあるソファーには彼の温もりさえ残っているようにも感じた。
偶然の出会いから既に4年半の年月が過ぎていたことを思うと、それは偶然ではなく運命的な何かだったのではないかとさえ思えた。
那月は余韻が冷めぬまま、シャワーを浴びて一眠りすることにした。気持ちは高揚していたが、睡魔は簡単に襲ってきて、思いの外早く眠りについた。
目が醒めるともう10時を回っていて、那月は慌てて支度をした。コンビニで購入した菓子パンを朝食として食べて、11時のカフェの開店前にはバイトに行かなければならなかった。
クリスマスイヴもクリスマスもバイトとは寂しい気もしたが、昨夜の記憶があればどんなに忙しくても、注文の多いクレーマーがいても頑張れる気がした。
バイトが終わった18時。遅番に交代して、今日はまっすぐ帰って眠ることにした。今朝明け方まで山中英輔と一緒にいたから睡眠不足である。
帰宅してすぐにシャワーを浴びて、布団に潜り込む。この瞬間が何よりも至福であった。
昨夜の余韻が抜けないこととカフェが忙しかったこともあり、アドレナリンが出てしまっているようですぐには眠ることができずに、スマートフォンを取り出した。ケースに挟んでおいた山中英輔から渡されたメモの電話番号を登録した。
スマホ画面に映る【山中 英輔】の文字に頬が緩んだ。
次の朝、テレビをつけると朝のワイドショーで長髪茶髪の山中英輔が映った。黒のスーツに大きな花束を持って細身のお洒落ネクタイを締めた山中英輔は元はグラビアアイドルの美人な女優さんと並んで笑っていた。
あの日。クリスマスイヴのあの日。山中英輔とコンビニで偶然会ったあの日。
山中英輔はドラマのプロモーションのイベントの後だった。イベントではたくさんの報道陣に囲まれて、美人の女優さんとイケメンの後輩俳優と、背筋をしゃんと伸ばして立っていた。それは那月の知っている可愛い山中英輔ではなく、少し前のまだ遠い存在だったヤマナカエイスケであった。
疲れているのに、朝まで付き合ってくれたことが、嬉しいよりもなんだか申し訳なく思った。
紺野那月
先日は引き止めてしまってすみません。ドラマ頑張ってください。
電話番号を登録した際に勝手に入ったSNSでメッセージを一つ送ってスマートフォンの画面を消した。
それよりも国試対策ラストスパートである。看護師国家試験は9割の合格率だと言われているが、残りに1割に入るわけにはいかなかった。
元々机に向かうことが好きだった那月は卒業試験も、看護師国試も、保健師国試も難なくパスした。
その間、山中英輔とは会わなかった。厳密には会えなかった。ドラマに舞台に、それらのプロモーションに忙しすぎるとも言える山中英輔とは週に数回メッセージがやりとりされるだけで、お互いに会う余裕がなかった。
山中 英輔
国家試験の合格祝い、今度しようね。
そんなメッセージはきたけれど、会えるのはいつになるのか、那月にも山中英輔にも分からなかった。