「……………おかえり」
「っ………」
改めての『おかえり』の響き。
「…………………ちゃんと……呼んだぞ?」
「っ……」
『日陽。そう呼んだら呼んでもいいですよ』
脳裏にリプレイされるそんな自分の言葉。
「………それとも………まだ続けるのか?」
酷く困ったような先生の苦笑。
全部全部……狡くて。
意地悪くも『駄目』だと返してやりたいのに。
口を開きかけた瞬間に何故か目に留まってしまったのはダイニングテーブルの上で。
初めて見る茶碗はどこか真新しく、先生の前に在るものと対の物。
ああ、あの雑貨屋で買った物の詳細?
私と先生の……夫婦…茶碗?
全部……狡すぎる。
だって……ずっと憧れてたんだもの。
何か二人で共通のモノを持つという事。
「っぁ…………た……だい……ま」
「………うん………………うん、おかえり」
「ただい…ま、…っ…ただいまぁ……」
「……………おいで、………日陽」
「っ………」
その呼びかけに逆らえる筈ない。
抗える筈ない。
掌を上にした手招きに。
穏やかな声音に。
無表情に滲む甘さに。
あんなに凍り付いていた足がスルリと動きだして、歩むでも走るでもない速さで床を踏みしめる。
でも、自分が思っていたより早く、体は求めていた熱に抱き捕らえられていたのだ。
私を求めて伸ばされた先生の手によって。