先生の言う引け目なく並ぶ夫婦というのはどういう意味ですか?
今までの様な大人と子供?
飼い主とペット?
そんなのは夫婦という響きで誤魔化した偽物で夫婦とは程遠い。
それに、先生は昨夜はっきりと私を拒んだじゃないですか。
私を女として受け入れることを。
なのに…一体何を思ってこんな行動を起こしたんですか?
これも何かの罰の一つなのでしょうか?
私がここに逃げ込むことを読んでの罠のひとつ?
いや……そんな筈ない。
仮にそうだとしても私があの家を出る確証も、この家に逃げ込む確証もない。
私がここに来なければ先生にとっては単なる殴られ損のリスクばかりの話で。
………なんで……。
『………ピヨちゃん』
「っ………」
頬に指先を走らせたのは無意識。
最後に先生が触れた場所。
今になってその感触が鮮明で。
勝手に耳の奥でリプレイされた声音に涙が一つポロリと零れ落ちるのだ。
先生が恋しいと。
帰……らないと……。
「日陽?」
母の呼びかけなんて音として拾うばかりで意識には届かず。
無意識に立ち上がったその身は荷物も持たずに外に飛び出していたのだ。
私は……
私はまた間違っているのかもしれない。
勝手な都合の良い予想を膨らませて。
そんな都合の良さに酔いしれて期待して。
また傷つく時間が待っているかもしれないのに、どうしてかこの心は帰らなきゃと足を突き動かして走らせて。
パンプスでの全力疾走は足が痛む。
走ることを忘れていた足は時折もつれて何もないところで躓いて。
息も切れて苦しいというのに……。
どうして私は……先生のところに帰巣してしまうのだろう?