静かに荷物をまとめたのはその後。

元々小さなキャリーに収まる荷物は時間もかからず詰め終わったと思う。

『何故』かなんて理由は必要ないと思った。

それでも、『お世話になりました』の一言だけ紙に記しその身を外に出したのは早朝の5時くらいか。

気分に反して眩い朝日は澄み過ぎていて。

それを背にあの夜の様にキャリーを引いて歩み出したのだ。

我ながら女々しい。

前から吹いてくる風が戻れと言っているように感じる事も。

無意識に歩みが遅い事も。

なかなか道の角を曲がれない事も。

先生が気がついて追いかけてきてくれるんじゃないかと、まだ傷つく恋情に後ろ髪引かれて。

現実、そんな映画みたいな奇跡なんて起こらないのに。

振り返ったのは曲がらざるを得ない道角で。

儚い期待を胸に捉えたのは朝日に霞む閑静な住宅地で。

……それだけだ。

夢から覚めただけ。

失恋にやけ酒をして見た夢が懐かしく、どこか甘くどこか苦く。

覚めるのが惜しいだけ。

それだけよ…日陽。

そう割り切って角を曲がってしまえば打って変わって。

コツコツと歩む足はさっきより早く迷いはない。

少量の荷物を引いて馴染みある道を歩み進めて行けば辿り着いたのは自分が本来帰巣するべき実家の前だ。

ああ、帰ってきたな。

親の顔はすでに夕べ見ているけれど。