「とりあえずだ、……そろそろ、ピヨちゃんの美味しい朝食が食べたいです」

「っ……すぐに、」

ほら、こんな些細なこと一つ。

甘さと苦さの同時摂取。

知らなかったから。

この結婚しなければ知らなかった事ばかり。

先生の笑顔も。

朝起きて『おはよう』と言いあえる事。

自分の作った朝食を誰かに食べて貰えて、美味しいと言ってもらえる事。

口にしてしまえば『そんなこと』と笑われてしまうかもしれないけれど、少なくとも自分にとっては楽しみにしている瞬間になっていて。

朝というのは私にとっては虚しさと孤独の象徴であったから。

抱き留めていた温もりがやはり自分の物ではないと実感する時間。

だから、毎日約束された様に続く先生との朝はこれ以上ないくらいに贅沢で。

これ以上なく……苦くもどかしくもある。

「……ん、美味しい」

「っ……」

決して私に伝えるために発した感想じゃない。

ぽつりと落とされた声音は実に小さくて、その視線も私に向けられているわけではないのだ。

それが逆に……直に言われるより響くんですよ。

自然と零れる言葉ほどその人の本心が垣間見れるというもの。

そんな瞬間にジリっと胸の奥で火花が散る感覚がする。

先生と暮らし始めてもう何度も。

困った……。

新しい恋なんてするつもりは一切無かった。

する筈もないと思っていた。

先生との結婚もそれこそ本当に俗世を捨てるくらいの感覚の筈が大誤算だ。

一度熱した恋の再燃がこんなにも早く、燻ぶってしまえば過去よりも消火しにくいものだとは思っていなかったのだ。

ああ、だからあんな夢を見た?

深層からの願望?

先生が欲しくて欲しくて堪らないと、過去の恋情まで燃料に今の恋心が燃え上り始めているのを感じて…



熱くて痛い。