今まで口に運んでいたカップをコトリとキッチンの上に置きながら、『おいで』なんて招いて来る姿は未だ気怠げだ。

ああでも…私はこれに滅法弱い。

昔からそうだ、掌を上にチョイチョイと僅かな指の動きで招き寄せる。

その手招きにはどうしてか頭より早く体の方がピクリと動いてしまって。

それでも追い付いた理性が『いやいや』と素直に甘える事に羞恥を覚えて待ったをかけるのだ。

先生も昔のままなら私も然り。

いや、私の場合は昔とは少々異なる理由で踏みとどまっているのだけども。

「っ………嫌です」

「……何で?」

「……鬚……剃ってないじゃないですか。……当たると……地味に痛いんですよ」

「…………ふうん、」

何ですか?

その含みのある間と反応は。

だって本当だもの。

チクチクするんだもの。

断るには真っ当な理由を発したつもりだ!

と、精一杯の平常心を装うように何食わぬ感じに珈琲を口に運んでみせる。

そんな合間にフラリと動きを見せたのは先生の方で、先程入ってきたガラス戸から再び廊下へと姿を消す事には少々の焦りが募り始める。

いや、だって……。

えっ?

なんか傷つけた?怒らせた?

発せられた声音に特別憤りの様な物は感じられなかったと思うのだけど。

でも、もし私の言動行動で気分を害したというのなら追いかけて謝るのがベストなんじゃなかろうか?