『先生、』



響いたのは間違う事のない自分の声。

それでも、どこか幼く客観的に聞き捕らえる響きに違和感を覚えたと同時、コレが現実でないという結論に辿りつくのだ。

そう現実じゃない。

現実じゃないけれど現実にあった事。

あれは制服を身に纏うようになった13の頃。

そんな事を思い出せばふわりと目の前に制服姿の幼い自分が映りだすのだ。

何かを堪えた様な薄っぺらい平常心を貼っつけて、その視線が向かう先には当然先生の姿だ。

まだ、研修医だった頃の先生。

『……久しぶりだね、ピヨちゃん』

若い頃から変わらない。

呼びかけや久しぶりの対面に表情を崩すでもなく、それでも『おいで』とばかりに私を手招きして、何かないかとポケットを探るのだ。

昔なら躊躇いながらも喜んで歩み寄っていただろう。

でもこの時の自分はその距離を埋める事をせず、ようやくポケットから飴を一つ見つけだした先生に向けたのは、

『結婚するって、本当ですか?』

『………人の口に戸は立てられぬ…か。お母さんに聞いたの?』

『母が……先生のお母さんに聞いたって』

『そう。……お喋りだな、あの人も』

先生に確認するまでもない。

出元が先生の母親からなのだから間違いである筈がないのだ。

それでも、どうしても先生本人の口から確認しないと気が済まなくて。

先生の直の言葉でなくては終われない気がしたのだ。