キスすらできない。




だって、さっきまで先生も『キスしたかった』とかほのめかしてたじゃないですか。

で、晴れて問題を解消に両想いになった訳だからして、そこはあのムードのままキスくらいはいくのかと。

そんな言い訳をひたすら心の中で呟いて、羞恥と欲求の狭間でチラリチラリと先生の様子を伺っていれば。

「………先生ね、さっきも言ったように相当我慢して限界ギリギリなんですよ」

「えっ……あ、はい……はい?」

「そんな状態でね、キスしたら絶対に止められない自信あるんですよ」

「あ……あー……はい……はい…」

「で、今日もう平日の朝でしょ?数時間後には病院開くでしょ?月曜の朝の小児科って混むでしょう?」

「えっと……そうですね」

「今盛ったらね、絶対に一日は抱き潰す自信があるし、1、2時間で収められる欲求じゃないんですよ」

「っ………お、……お元気ですね」

「二週間前のピヨちゃんのおかげ様で」

「っ………すみません」

何が恐いって…。

無表情の淡々口調に本能ぎらつく獰猛さが垣間見える事だろうか。

流石に自分の持て余してた欲求なんて飲まれて飛んだわ。

だって一日とか1,2時間じゃ収まらないとか……もう恐怖でしょ。

寧ろこれ以上刺激しちゃならないと、大人しく自分の席に座りこんでしまった程に。





私……大丈夫だろうか?

この人との初夜をまともな意識でこなせるんだろうか?

だんだん不安でしかないこの先の展開に、悶々としながら箸を手にしたタイミング。

「あ、……そうだ、ピヨちゃん」

「ぅはぁっい!何ですか!?」

あ、思わず声がひっくり返っちゃったよ。

「……後でいいから生理周期と危険日は教えておいてね」

「あっ……」

そっか、そうだよね。

夫婦なんだから特に避妊管理は…

「危険日には子供出来るまで全力で抱くから」

「っ……………」

「まあ……危険日じゃなくても全力で愛でるけど」

「っ~~~」

「でも……試しにキスしてみる?今すぐ」

「しっ……しません!!」

そんな恐ろしい起爆スイッチかもしれないもの易々と押すような真似できるか!!

思わず目を逸らし無理だと手を前に添えてしまった程。

そんな私に対して僅か先生の口の端が上がったのは気のせいだろうか?

いや、きっと気のせいじゃない。

先生はきっと私に対しては異常な程甘く、異常な程意地が悪い。





「先生、私達はもっと健全なところから夫婦を始めていきましょう!」

「……例えばどんな?」

「とりあえず……仕切り直したいです」

「何を?」

「お、お祭りデート。今度はちゃんと……お面無しに先生と並びたいです」

「………いいよ」

「本当で…」

「楽しみだな。またピヨちゃんに着付けするの」

「っ………」

「うっかりキスしちゃわないように気をつけないとだな」

「っ~~~」


ほら、極甘。

ほら、意地悪。

やっぱり、私の恋は初恋から不毛だ。

実に不毛。





やっとまともに想いあえるのに

恐くてキスすらできないなんて。




なんて……

甘くて苦い。



苦くも……甘い。








その後…SS

【仕切り直しお祭りデート編】






うーん、先生まだ戻れないかなぁ。

混み合った祭りの雑踏を他人事の様に見送るのは屋台と屋台の間。

通行の邪魔にならない様にと自分の滑りこましたそこで携帯を片手にキョロキョロと視線を走らせるのだ。

先生とのデートの仕切り直し。

きっかり18時に仕事を終えた先生と改めて縁日へ出向いたわけだけども。

途中体調不良で倒れかけている人間と遭遇し、たまたまその場に居合わせた先生が応急処置を施しながらこの場を離れたわけで。

邪魔にならないように一人この場に残ってどれほどたったか。

救急車が来たら後は任せて戻ってくるって言ってたけどなぁ。

ここでジッとしてるのも退屈だし、この付近の出店で遊んでいようか。

立ち尽くして待っているのも飽きて、そろりと雑踏に踏み出すと流れに任せて歩み出す。

それでも、ここで待っていると告げていたこともあり、そう遠くまで行動を起こす気はなく。

二三の出店を過ぎたあたり、

「お、日陽ちゃん?日陽ちゃんじゃないか?」

そんな呼びかけは一つの出店から。

呼ばれるままに振り返れば視界に捉えるのは射的の出店で、そこからにこやかに片手をあげて来るのは馴染みのある的屋のおじさんなのだ。





「やっぱり日陽ちゃんだ。ちょっと見ない内にイイ女になって。どうよ?やってく?一回サービスしとくよ?」

「おいちゃん久しぶり。サービスって、まーた阿漕な商売してんじゃないの?」

「阿漕は酷いなぁ。おいちゃんだってこれに生活かかってるからねえ?」

「じゃあ、一回サービスしてもらって、もう一回はおいちゃんの生活に出資してあげる」

「おっ、良い女っぷり!」

調子のいいおべっかには嫌な気分なんて浮上しない。

寧ろ相変わらずで懐かしいとクスリと笑い、渡される銃を手に当たりやすそうな景品を狙うのだ。

「無難なとこ狙うね~」

「当たっても落ちないと分かってるとこ狙うわけないでしょう」

「男はそれでも落とせなかった口かい?」

「はっ?」

「いや、縁日にそんな風にめかしこんでる割に一人でいるからねえ」

「おいちゃん、余計なお世話だし……」

独りじゃないし。

寧ろ既婚者だし私。

とは、先生が居ない手前堂々と宣言していいのか分かんないしな。

自分が顔なじみという事は先生とも顔なじみであるこの人。

一応厄介な縛りが解消された先生と自分の関係だ。

もう隠す必要はないだろうと、顔を隠すでもなく出向いたわけだけども。

それでも『夫婦です』と宣言したいわけでもなくて。

とりあえず言う必要がない場で公言する必要もないか。と、おいちゃんの茶化しを適当に流してゲームに集中を向ける。





結果、

「あちゃー、残念」

「…おいちゃんの阿漕」

「いやいや、日陽ちゃん狙ってたのは普通に落ちるからね?」

「つまりは落ちない景品もあると」

「分かった分かった。もう一発だけサービスしてあげるから」

当たりはしても倒れるだけで落ちなかった景品。

それに不満を述べればもう一発だけサービスになって、貰った弾を再びキュッとセットしているタイミング。

「おねーさん、」

「………」

トントンと叩かれた肩と呼びかけ。

嫌でも自分に対してだと理解せざるを得なくて、チラリと視線だけを向ければ同年代くらいの男が3人。

実に安い愛想を貼りつけ私の事を覗き込んでくるのだ。

「射的当たらないの?」

「俺達教えてあげようか?」

「なんなら、取ってあげようか?」

「いや、景品が欲しいというよりゲームを楽しんでるだけだから」

だからお呼びでないのだと、サービスでもらった弾をさっきも狙っていたキャラメルの箱に向けて撃ちこむ。

見事命中はするもののパタリと後ろに倒れるばかりで落ちはしなかったそれには小さな溜め息一つ。

「おいちゃん、ありがとうね。楽しかった」

そんな一言でさっさとこの場を離れようと思っていたのに。

「えー、もうちょっとやっていこうよ」

「一人なら時間もあるでしょ?」

「なんならなんかルール作って勝負しようよ。で、俺達が勝ったらおねーさんは俺らと一緒に行動するってどう?」

「………じゃあ、ここにある景品の中で一番高そうなの撃ち落として。出来たら考えてもいいけど」

ウザいんじゃ、ボケェ!!という本心ダダ漏れの冷徹。





端から勝ち目のないルールを先手を打つように告げれば、当然射的の暗黙のルールは皆が把握しているもので。

「ええ~、無理じゃんそれぇ」

「おねーさん狡いね~」

なんて、笑い飛ばしながらまだ食いついて来るナンパ男達にはますます冷めて苛立ちまで募る。

こんなあからさまに嫌悪してる態度を出してるのに。

ってか、男三人に私一人って人数的にもどうなんだよ?

ついて行ったオチなんて酒飲まされて姦されるだけなんじゃないの?

なんて、あり得なくもない予想を頭にはぁっと溜め息を吐き出してしまう。

そんな私なんてお構いなしにまだ3人組は去ろうとしないし。

なんならおいちゃんも無責任に「よっ、モテモテだねぇ」なんて茶化して煽ってくるし。

あーもう……面倒くさ……

「っ!!!?」

もういっそ走って逃げようか?なんて、頭を抱えたタイミング。

帯びの位置にパチンと走った衝撃には流石に驚愕で顔を上げてしまった。

そうして捉えるのはナンパ男3人の姿とその隙間を縫った背後に、

「……何してるの、ピヨちゃん」

「っ……いや、先生が何してるんですか?」

だって今……狙撃しましたよね?

腹を狙撃したの先生ですよね?

その手の銃で狙撃しましたよね?

ってか、いつの間に戻っていつのタイミングからこの状況下に混ざっていたのか。





あまりに混みあった場所のせいで先生が戻ってきていた事なんてまるで気が付かなかった。

そして、何故にこんな心が怯むかと言えばだ、先生の目がいつも以上に鋭い眼光を放っている様に見えるからだ。

いつも通りのやる気のない無表情なのに目だけがなんか恐いんだけど。

しかも、手には銃ってスナイパーですかっ!?

ゴ〇ゴ13ですかっ!?

ヒィィィ!なんて心の叫びを上げながら、思わず弾の当たった腹部を摩っていれば。

「何って……そういうルールなんだろ?」

「………へっ?な……えっ?」

「一番高い物撃ち落としたらお持ち帰りOK」

「は……はい?えっ?」

「だから、『この場』で一番日陽たかいもの撃ち落とした俺の一人勝ちだろうって言ってるんだが?」

「っ~~~」

コレ……、怯えていいのか悶えていいのか分からない。

向けられる殺気立った空気や視線には今もひたすら怯えてしまうのに、さらりと発せられたイケメン発言には口元が緩みそうになるほど悶えてしまって。

そんな間に持っていた銃を台に戻した先生がきちんと一回分の代金も隣に置くのだ。

状況を読み込めないおいちゃんがハテナ顔で『えっ?』『先生?』『日陽ちゃん?』なんて疑問を発して視線を右往左往。

勿論ナンパ男達も『なんだよ』『誰だよ』と威嚇を発しているけれど、先生と言えばお構いなし。