失業率が増加し、政府は様々な対策を施したが、効果は短期的であり、長期的にみると実はなんの効果もでていなかった。その度に、メディアに出演する自称経済ジャナーリストであり、評論家は、「無能政府」と言い放った。その中の一人は政治家であり、君も『無能』という二文字の一味だよ、と僕は言いたかったが胸に秘めた。声に出したところで何も変わらないし、僕一人の力は限られている。

 その失業率は日本だけではなかった。世界各地で起こっていた。一度加速し始めた負の連鎖は誰も止められないのかもしれない。ドミノ倒しのように進み続け、どこか間違った配置を期待して止めるしか方法はないのかもしれない。

 連日連夜、報道は加熱した。どこかの国では溜まった鬱憤を晴らすかの如く、デモを起こした。それで何か変わったといえば何も変わらない。変化といえば、デモで声高に叫び、飲食店のガラスを割り、建物を破壊し、国旗を燃やす。その国の政府に対する愚痴をプラカードに赤いペンで目立つように書く。そうすることで全身に溜まったストレスが発散された。やり場のない怒りを皆、どこに向けていいのかわからないのかもしれない。僕もその状況下だったら、周りに流され、そうしていたかもしれない。これが集団心理の恐いところだ。周りが行っていることをやらないと、自分も同じ目に遭うんじゃないか、って。

 日本のその後は、火を見るより明らかだった。正社員雇用は減り、非正規雇用で食いつないでいく人達が増えた。いつからかマスメディアが好きそうな、「勝ち組」「負け組」という言葉が横行し、非正規雇用の人達は、「まあ、俺は負け組」だから、と。人生に希望が持てなくなった。といっても正社員も「勝ち組」とは言えない。なぜなら透明な不景気というオーラが嫌でも貧乏神のように纏わりついた。業務量は増え、残業が増えた。人を雇う余裕のない企業では一人にかかる負担が大きいため過労死まで出た。

 人気ある企業は、優秀な大学から優秀そうに見える人材を雇い悦に入り、不人気な企業の説明会にはまばらな人だけが集まり、選考に臨んで内定を出しても、最終的には断られる始末だった。僕はいつも思う。それら企業説明会のパンフレットに書かれている言葉にいつも僕は苦笑する。
〝君もグローバルに活躍しないか〟、だ。

 僕は一度〝グローバルに活躍とはどういうことか〟と企業の人事担当者に聞いたことがある。明確な解答は得られなかった。それよりか問題がより複雑になった気がする。「海を渡り世界を股に駆けビジネス展開」だとか、「外国語を操り深く市場に食い込む」だとか、しまいには、「世界を知るにはグローバルから」という意味のわからない担当者まで出現したときは、さすがの僕も焦った。焦りを通り超して目が点になったのを覚えている。もっと日本語をいや、四方海に囲まれ、それでも先進国として台頭してきた日本中心のビジネスがでるべきではない、か。だからいつまでも経っても〝日本は海外のビジネスモデルの真似ばかり〟と揶揄される。その結果、徐々に国際社会からの衰退を余儀なくされる。

 そして就職氷河期は終わりをみないのであった。


「ねえ、雪人」
 早絵はアイフォンの画面をタッチし、僕に画面を向けた。

「ほお、気温が下がってるな」
 アイフォンの画面には気温が映し出されていた。今は二十三度。わずか一時間足らずで五度も減少したことになる。

「ついに始まるんだね。氷河期、が」
 今からファンであるロックバンドの演奏が始まり楽しみで仕方がない、というような声音で早絵は言った。

「嬉しそうだね」
 僕は早絵を見た。やはり瞳は潤ったままだ。

「だってさ、始めてだから。氷河期、って」
 と早絵は、何かの標語のように言った。

「誰しも始めてだろうね」と僕は苦笑混じりに答え、「楽しみにしているのは早絵ぐらいじゃないかな」と付け加えた。

「そうかなあ。人類七十億人の時代なら千人ぐらいは私みたいにウキウキしてる人もいると思うよ」とあながち間違ってなさそうな応対を早絵はした。

 なるほど。たしかに世界に七十億人もいれば、悲観的な人達よりも、少なからず楽しみにしている人がいてもおかしくはない、か。と僕は思った。

「ねえ。それにしても静かだね」
 早絵は目を輝かせ、静寂に耳を傾けるように目を瞑った。

「みんな、地下施設やシェルターに避難してるのかな。少し早すぎる気がするけど。でも、気温が徐々に下がってるのも事実」

 僕は冷静に言った。

「早いと思う」早絵は断言した。

「今という時間は、実は物凄く幸せなんじゃないかって思うよ」
 僕は早絵を見た。だが、彼女はまだ目を瞑っていた。もしかしたら心の目でこ
の光景を見ているのかもしれない。

「今まで人々は忙しすぎたから。小休止、よ」

「三文字熟語を久々に聞いたするよ」

「それは忙しすぎたからよ」
 早絵は言った。

「でも、僕は暇だったよ」

「ううん。生きるってこと時代大変なことなのよ」
 重みのある言葉を放った。そして彼女は目を開けていた。

「でも、これから大変だ。備蓄食糧も数十年、いや数年かもしれない。それに氷河期は明日から数百年とも言われてるし、数十年続くともいわれてる」

「先のことなんてわからないわよ。遥か昔だって氷河期はあったわけでしょ?」
 早絵は訊き、僕は頷いた。

「なら、大丈夫よ。それでも人類は生存繁栄を繰り返してきたんだから」

「なんとかなる」
 僕が言う。

「そう、なんとかなる」
 早絵のあどけない笑顔は僕の心のもやもやを払拭する力を持っている。いつの時代も笑顔に勝る力はない。人を勇気づけ、穏やかにし、気分が安らぐ。とくに早絵の笑顔は格別のものがある。
「続きをどうぞ」
 と早絵は僕に促した。