僕らの声は、聞こえたか。


式が始まり、体育館には卒業生の名前が呼ばれ始める。

『相川、美空』

「――はい」

透き通るか細い彼女声に耳を澄ます。


『2日の放課後、校舎5階で待ってます』


あの時と同じように、少しだけ彼女の声は震えていた。




式が終わり、最後のSHRが終わった。クラスの女子は泣いていた。

普段ならすぐに教室から出ていくやつも、この日だけは最後の時間を忘れないようにと、仲間と笑いあっている。

朝貰った卒業アルバムの最後のページ。真っ白だったそこは、今では沢山の文字で埋まっている。


でも、まだ終われない。

まだ、青春にピリオドをつけるわけにはいかない。


「大地、この後2次会どうする?」

「―――わり、ちょっとトイレ」

「おー、早くなー」



1段1段踏みしめるように階段を上がる。もう2度と、この階段を、この制服を着て上ることはないんだと思うと、そうせずにはいられなかった。


そして、校舎5階。唯一彼女と過ごした、この教室のドアの前に立つ。


心臓がバクバクと音を立てる。

情けねぇ・・・。こんな事で緊張してやがる。



「っし」


小さく声に出して、扉を開いた――――。





日向大地side end




そこに立っている人物に、少し驚きつつも口元は緩んでしまう。


「…きてくれて、ありがとう日向君」

「…おう」


久しぶりに見た、日向君の癖。

きっとそれは、緊張してる時や、恥ずかしい時にするんだね。髪の毛をクシャッて触るのは。


「…あ」

私の呟いた言葉に、一度は視線をこちらに向けるも、すぐに私の視線の先に瞳を移した日向君。

「時計、直ってるね」

「だな」


2と4を指していた針は、いつのまにか世界と同じ時を刻むように直されていた。



「あのさ、今日は俺も言いたいことがあって来たんだ」


「・・・え?」




一歩。また一歩と近づく日向君。

そして二人の上履きの距離は、50センチほどになった。




「俺が、初めて5人で放課後に遊んだ時に“平松はすごい”って言ったの覚えてる?」



必死に過去のページを辿る。古びることをしらないそれは、すぐに見つけ出すことができた。



「俺にはそれができなかった」

「・・・」

「相川さんが他の男と話すのが嫌だった。まして、葉月と話してる所を見ると彼氏でもないのに嫉妬でどうにかなりそうだった。二人は両想いだと思ってたから尚更葉月にヤキモチ妬いてて」


「・・・ぇ」


「俺は平松みたいに、好きな奴が他の男と仲良くしてるのを見て平気でなんていられなかった・・・っ」


次々と理解の出来ない事を言っていく日向君に戸惑いを隠せない。


嫉妬って・・・?葉月君と両想いって・・・?


好きな奴、って・・・?


「自分の感情が抑えきれなくて、キスなんてしてごめん。俺、すっげー後悔して相川さんに合わせる顔なんて無くて」

「ま、待って!」


日向君の言葉を遮って、一旦頭の中を整理させる。

一枚一枚彼の言葉を整理して、口を開いた。







「どういう、事・・・?日向君が好きなのは、琴美ちゃんでしょ?」





「違う。俺が本当に好きだったのは







――――相川さんだよ」


次々と理解の出来ない事を言っていく日向君に戸惑いを隠せない。


嫉妬って・・・?葉月君と両想いって・・・?


好きな奴、って・・・?


「自分の感情が抑えきれなくて、キスなんてしてごめん。俺、すっげー後悔して相川さんに合わせる顔なんて無くて」

「ま、待って!」


日向君の言葉を遮って、一旦頭の中を整理させる。

一枚一枚彼の言葉を整理して、口を開いた。







「どういう、事・・・?日向君が好きなのは、琴美ちゃんでしょ?」





「違う。俺が本当に好きだったのは







――――相川さんだよ」

その一言に、今度は日向君が停止した。瞬き一つせず、瞳に私を映し出す。


そんな彼に体の体温が一気に上昇していくのが分かる。今の私は絶対に真っ赤な顔をしているに違いない。



「・・・・・・え?」


私の精一杯の告白を、日向君は信じられないようだ。

それは私も同じだけれど、ここで信じてもらえなかったら、また莉奈と葉月君に怒られちゃうよ、私。


「だって、え…?去年の体育祭の時、好きな人って借り物で葉月つれてったのは…?」

「だって日向君連れてったら…私の気持ちバレちゃうと思ったから…って、どうして私の借り物の内容知ってるの…!?」


もういろんな事が頭の中で混ざり合って、何が何だかわからなくなる。

開けた窓の外から大きな笑い声がここまで聞こえてきた。



「相川さんのポケットから落ちた紙を見たんだ…」


日向君の言葉に、バラバラだったパズルのピースがキレイにはまっていく。


私は瞳に溜まるものを必死に溢さないように堪えながら、首を横に振る。



「違う…違うよ…っ。私は、ずっと…っ日向君の事が――――」

好きだったんだよ、と言おうとした刹那、私は大好きな人の腕の中にいた。



「ごめん」

「ひ、なたく・・・ん?」



名前を呼べば、更に抱きしめる力が強くなった。


終わりを迎えたと思っていた恋が、鮮やかに甦り私を満たしてゆく。征服してゆく。



「美空」



私の名前を呼ぶ声に



「ずっと、好きだった」



私だけに向けられた感情に



「―――っ、」




涙が頬を伝う。



「私も、大地の事がずっと好きだった―――」



交わることの無い二つが、交わった瞬間だった。



「美空~早く早く!」


正門の前で大きく手を振っているのは莉奈だ。

大地と二人、手を繋いで走り出す。


「やーっとくっついたか!」

「おせぇんだよお前達は」

「美空、ごめんね。あたし二人が両想いって知ってたの。だけどそれじゃあ二人のためにならないと思って言わなかったの・・・」


そうだったんだ・・・。

だから莉奈はバレンタインのチョコ渡せ、とか言ってたんだ。



「もう、いいよ莉奈。ありがとう」

「久しぶりの5人だな」

「1年ぶり?」

「誰のせいだよ」

「皆のせいだろ」




春風が頬を撫でる。

この学校には、生徒はもういない。私達だけだ。



「せっかく5人が揃ったのに、もう卒業か・・・。この校舎ともお別れだ」






日向君の言葉に全員が後ろにある校舎に視線を向ける。雨に打たれても強い風が吹いても、どんな日も変わらない姿で、変わっていく私達を見守ってくれた校舎。




5階の窓のカーテンがゆらゆらと踊っている。



ボロいなんて、汚いなんて、いつも言ってごめんね。



いつも、いつも――――私達を守ってくれてたね。




私達の青春をいつも見守っててくれたこの校舎には、宝石にも負けないぐらい輝いていた思い出が詰まってる。




涙が頬を伝う。

どうしてだろう。

3年間の片想いが実ったのに。

バラバラになって5人がまた揃ったのに。





悲しくて仕方ないんだ。