日向君と、琴美ちゃんが付き合ってるって―――知ってたの・・・?
それはいつから?どうして教えてくれなかったの?
『日向大地に上げる予定だったやつって、今持ってる?』
『いい、それを今日渡すのよ!』
もしかして、私の事、嘲笑ってた―――?
きっと中の二人は気が付いている。私がここにいることに。だけど、足がすくんで動かない。
もここに居るわけにはいかない。
震える指先で、小さくドアに触れる。そして、意を決してゆっくりと扉を開けば。
そこには、想像してた通り二人の姿が。それ以外の人は既に帰ったか、部活に行ったようだ。
平松君は机に腰掛け、莉奈はそれに向かい合うように立っていた。そんな二人の驚きと戸惑いに満ち溢れた瞳。
「美空・・・」
小さくても静かなここにはよく響く莉奈の声。
「あのね、これは違く「莉奈」
え、と無理矢理繕ったであろう莉奈の笑顔が崩れる。
「いいよ、もう」
「・・・み、」
「楽しかった?」
言うな言うな言うな。
止まれ止まれ止まれ。
「二人が付き合ってるって分かってて、無理なの知ってて、私にチョコ渡させようとしたんでしょ?」
「違・・・!」
「じゃあどうしてチョコ渡しなよとか言ったの・・・!?どうして教えてくれなかったの・・・!?もしかしてずっと前から知ってたんじゃないの!?」
頭では分かってるのに、まるで操り人形のように、他人の仕業によって口が勝手に動かされているようだ。
「それは、」
グッと言葉を詰まらせる莉奈。
聞きたいことを一気に吐き出した自分に戸惑う。こんなに感情的になったのはいつぶりだろうか。もしかしたら初めてかもしれない。
いや、確実に初めてだ。友達にこんなに感情的になるなんて。
「美空を、傷つけたくなかった・・・から」
俯きながら答える莉奈に、溢れ出た初めての感情をセーブする事ができない。
「100%無理って知ってて、私のこと応援してたんでしょ?傷つくから教えられなかった?私は、裏で嘲笑われてたほうが、よっぽど傷つく・・・!」
口から出る鋭利な言葉たちは、まるで見えない矢のように、莉奈に飛んでいく。
ハッと気がついた時には遅くて、そこには私なんかより遥かに傷ついた表情をした莉奈が。
「っ」
私は何もいえなくて、急いでその場を後にする。後ろから聞こえた私を呼ぶ声に、振り向くこともせず。
下駄箱に向かう途中にあった灰色のプラスチックのゴミ箱に、持ってきていた日向君にあげる予定だったケーキを箱ごと捨てる。
深く深く、誰にも見つからないように、ゴミの奥に押し込んだ。
「っ、ぅ・・・」
言うつもりなんてなかったのに。
後悔の波が一気に私の心に押し寄せてくる。引いた波が大きければ大きいほど、帰ってくる波もまた、大きかった。
運が良かったのか、土日があり、そのあとは期末テストと学校が午後まであることは無かった。そのおかげで莉奈とお弁当を食べる時間も無く、話さなくて済んだ。
先輩達の卒業式が終わると特別日課と言って、授業日課が著しく変わる日々。部活がある人以外は、学校が午後まであることは無い。
普段莉奈といた私は、他に一緒にいる人もおらず、一人ポツンと慣れない日課を過ごした。
莉奈も時々クラスの子と話している声が聞こえるが、基本一人でいたようだ。
んなつまらない日々を繰り返す中。
「ぁ・・・」
薄暗い1階の廊下に小さく漏れた声。歩みを止めて、間違いがないか目を凝らすが、どうやら見間違いではなさそう。
改めて現実を思い知らされたような気がする。
日向君と、琴美ちゃんが一緒にいる所を見て。
前だって何度も見たことはあったけれど、付き合っているという事実を知った今、もう以前のような瞳で見ることはできない。
「・・・」
くるっと方向転換をして、今来た道を戻る。
どうしてこういう日に限って、私のクラスのSHRは長引いてしまうんだろう。
行き場のない怒りを担任のせいにした。そんなことしたって、意味がないのに。
二人が話している所を通らなければ、下駄箱に行くことはできない。
遠回りになっちゃうけど、2階から反対側の階段で降りて行こう。
3年生のいない長い廊下。空っぽの机が綺麗に並べられている教室。物音一つしないここは、3年生がいなくなって、まるで泣いているようだった。
―――――――キーンコーンカーンコーン・・・
聴き慣れたチャイムが、静かなここに響き渡る。廊下の半分ぐらいにきて、その音に立ち止まった。
泣いているのは、私の心の方だ。
好きな人に、彼女ができた。
親友と、大喧嘩した。
5人で過ごす時間が、自然と消えた。
何よりも大好きで
何よりも大切なものを
「っ、ぅ」
私は一気に、失ってしまった。