僕らの声は、聞こえたか。




ただ、数秒。

互いの瞳にそれぞれを映し出す。


いったい彼の潤いに満ちた黒に、私はどういう風に映っているのだろう。


すれ違った刹那、ふわり、と彼の香りが鼻をくすぐった。



「それでさー、って美空、聞いてる?」



莉奈の声で、魔法が解ける。



「あ、うん。ごめんごめん。聞いてるよ」

「それでね、翔也ったらさー……」




* * *



もし彼氏ができたら、一緒にお弁当を食べたいな、なんて淡い期待を胸に入学した高校も2回目の春を迎えてしまった。


高校生になれば少なくとも好きな人なんて自然に出来るだろうと思っていた。


だけど、それは間違いだった。


「美空どうすんの? このままだと高校生活、何もないまま終わっちゃうよ?」



机を向かい合わせにして座る莉奈が、少しニヤニヤしながらプチトマトを口にした。


高校で知り合った莉奈とは、2年連続同じクラスで、いつも一緒にいる子だ。


綺麗な平行二重の奥にある、吸い込まれてしまいそうな漆黒の瞳。鼻筋の通った高い鼻。ふっくらした柔らかそうな血色のよい唇。

小さな顔におかれたそれらのパーツは、どれも綺麗に当てはめられていた。


そして肩につくぐらいのボブの髪も同じ綺麗な色をして艶がある。


同性から見ても見とれてしまうほど顔立ちが整っている自慢の友達だ。






「分かってるよ~。もう。本当にそうなりそうで怖いんだからやめてよ」

「いつまで恋に恋してるのさ」


今度はため息を吐きながらそう言うと、莉奈は紙パックのジュースに刺されたストローを口に含む。



透明な筒をオレンジ色の液体が通って莉奈の口に運ばれていく。



やけくそだ、と言わんばかりに、私も小さな紙パックに入っているオレンジジュースを飲んだ。



いつも飲んでいる抹茶オレが無かったので、仕方なくオレンジジュースを買ったのだが、久しぶりに飲んだそれはいつもより美味しく感じた。






「まぁ、恋愛も大事だけど目先の勉強のほうが大事だよ! 食べたら英単語覚えなきゃ」


莉奈の言葉に方に重りがのっかったような重圧がかかる。

せっかくの昼休みが五限目にある英単語のテストのせいで丸潰れだ。


もっと言えば、この英単語のせいで月曜日が大嫌いだ。


英語なんて無くなってしまえと、この世界から犯罪が無くなるのと同じぐらい、ありえない事を願ってしまう。


毎週月曜日の五限は英単語のテストがあると分かっていて、勉強してこなかった私が悪いのは重々承知だ。


だけど嫌いだから勉強をする気になんてならなかったのだ。


厚い英単語帳を片手でパラパラと捲るが、苦手な文字が並んでるのを見てため息をついた。






「無理~。これをあと二十分で覚えるとか。もう毎日文化祭の準備だけしたいよ」

もうすぐやってくる文化祭が楽しみで、余計に嫌な事はやりたくなくなる。

「そんなこと言ってると、あっという間に昼休み終わっちゃうよ」

「う~」


高校の昼休みというのは長いようで短い。

クラスで友達とお喋りをする人。課題の答えを必死に写す人。先生に見つかれないようにスマホをいじる人。睡眠時間を確保するもの。


貴重な時間を皆、多種多様に過ごす。


そんな中、机の片隅に置かれた単語帳を見ないフリをして莉奈が口を開いた。




「そういえばね、また日向大地に告白した子がいるんだって」

「え、また!?」








――――――日向大地。




学年で彼を知らない人は、恐らくいないだろう。

いわゆる彼は“学年の人気者”という存在だ。


無造作にセットされた黒髪、切れのある奥二重に、笑うとクシャっとする小さな顔は異性にとって魅力的なものだった。


そんなに容姿端麗だと一見近寄りがたく思われるが、彼は人見知りをしない性格なのか、誰でも気軽に話しかけられるほどフレンドリーらしい。


女の子から人気があるとなると、同性から嫌悪されそうだが、そんなことは一切なく、彼の周りにはいつだって人がいる。


廊下から聞こえてくる彼の声はいつだって笑い声だ。


この学年の廊下は、彼のためだけにあるかのように、彼が廊下に出て誰かと喋れば、すぐに人が集まる。




「あの人って本当にモテるんだね~」


莉奈がうんうん、と頷く。





「ひなた、だいち。……か」


小さく呟いた慣れない名前。ゆっくり紡いだ名前は、賑やかな教室の笑い声に溶けて消えた。


クラスが違う私は名前を知ってるだけで、後は情報通の莉奈がくれる情報しか知らない。無論、彼が私の名前を知ってるかも定かではない。


そういうわけだから、接点は何も無い。


接点というわけではないが、体育の授業が三クラス合同で行われるので、そこで彼の姿を見る事がある程度。


だから関わりがあるなんて言えるには皆無で、そんな彼と瞳が合うのはきっと偶然だ。






……だと思ってたのに彼と廊下ですれ違うたびに、必ずと言っていいほど瞳が合う事に最近は疑問を覚える。


もしかしたら、私が彼のことを変に意識しすぎて、見ているせいなのかもしれないけど。



「日向大地ってね、女の子からの告白ぜーんぶ断ってるんだって」

「そうなんだ。どうして?」

「翔也から聞いたんだけどさ、一度も彼女いなかったらしいよ」


驚きのあまり目を見開きながら、もう一度オレンジジュースを口にした。口の中で果肉がプチプチとはじける。


あれだけの人気者なのに、彼女いないんだ……。

それに彼女がいなかった、というのも意外だ。





驚きのあまり目を見開きながら、もう一度オレンジジュースを口にした。口の中で果肉がプチプチとはじける。



「翔也が言うには、日向大地は女の子には、一線引いてるんだって。鈍感そうに見えて、意外に自分に好意を持つ女の子のことわかるんじゃない?」



「へー……もったいないな~。モテるのにどうして女の子に一線引いてるんだろうね」


「サッカーに集中したいんじゃない? ほら、皆あの人のこと“未来のエース”って言ってるじゃん?」



なるほど~、と思わず相槌をうつ。



私の通う東高校は県内でも有名なサッカー強豪校。



にも関わらず、一年生の頃から沢山の試合に出て、東高校未来のエース、とまで称されるほどなのだから相当上手いのだろう。



そんな彼だから恋愛に興味がないというのは、ある意味あってるのかもしれない。



まあ、私には関係のない話なのだけれども。