カチチチ、とコンロに火を入れる音がする。

 続いてまた別の食材を切る音。


「俺は……」


 ようやく、青司くんが話しだした。


「それについては、何も言えないよ。さっきも言ったけど、真白がその時決めたことだし。それについてどうこう言うつもりはない。でも……たしかにちょっと悔しい、な……」

「青司くん……」


 わたしは思わず顔を上げる。

 でも、青司くんがぽろぽろと涙を流しているのに驚いた。


「え? せ、青司くん!?」

「オイ、男のくせにそんな……泣いたりすんじゃねえよ!」


 黄太郎も呆気にとられながらそんなツッコミを入れる。


 そんなに……そんなに傷つけてしまったんだろうか?

 わたしが一度でも他の人と付き合ってしまったことが、そんなにショックだったんだろうか。

 だとしたら、胸が切り裂かれるように痛い。


「だって。真白と付き合うのは、最初に付き合うのは俺だって思ってた……。そんなの、何年も連絡をとらなかった俺が言うのは……勝手だってわかってるんだけど……でも。真白の、『初めて』の相手が俺じゃなかったっていうのは……やっぱりショックだ」
「……!」


 わたしはカッと顔が熱くなった。


 「初めて」の……相手?

 それって、「初めて付き合った相手」って意味、だよね?
 それだけ、だよね?
 他に深い意味とかは絶対ないよね?


 ……。


 違うよ!?

 黄太郎とはなんにもない。ただ付き合ったことがある、ってだけだよ?

 キスとかそれ以上……とか、なんにもないんだから!


 そう。だって、キスは……青司くんがこの間してくれたのが初めてだったし。

 だから「初めて」ってのをそんなに気にしなくても――。


「くっ。くくくっ」


 突然、黄太郎がおかしそうに笑いはじめる。

 な、なに? なんで急に笑いはじめたの?

 それより、すぐに否定してほしいんだけど? わたしとは付き合ったけど何もありませんでした、って……。


 え? まさか。まさかわざとなの!?

 わざと、青司くんを勘違いさせるようにあんなことを――?


「……信じらんない」


 こんないやがらせするなんて、どれだけ青司くんに恨みがあるの。

 わたしも黄太郎の想いを完全に理解しているわけじゃない。けど……なにもここまでやらなくたって。


 いや……。

 わたしも、そんな人のことは言えないか。

 青司くんに再会するまでは……わたしもたしかにこれくらいギャフンと言わせたい気持ちがあった。

 ちゃんと理由を聞いたら、ようやく許せるようになったけど……。


 そっか。黄太郎はまだ、そうじゃないもんね。