ダン、ダン、と荒々しい包丁の音が響く。

 青司くんがいよいよ調理をはじめたのだ。

 黒いエプロンをして野菜を切りはじめているが、その手つきはどことなく怒りに満ちている。


「ど、どうしたの青司くん……?」

「何が?」


 にっこりとわたしに微笑む顔が、なにか怖い。

 黄太朗はフンと鼻で笑って、また挑発するようなことを言いはじめた。


「オイオイ、真白に当たるなよ」

「……は? 当たってないけど」


 手を止めて、黄太朗をにらむ青司くん。


「当たってるだろ。そんなにオレと真白が親しげにしているのが気に入らないか?」

「……」


 青司くんは黙ってにんじんをさいの目に切っている。

 わたしは黄太郎に「どういうこと?」と訊いた。


「ああ、真白は知らないか。そうだよなあ、知らなかったから俺とああなったわけだし?」

「ああなった……」


 それって、わたしたちが付き合ってたことを指しているのかな。

 どうしよう。青司くんに……知られる。

 覚悟していたとはいえ、その話題が出そうになると恐怖で身がすくんだ。

 わたしの様子に黄太郎も何か悟ったらしい。


「ふうん。真白、まだあのこと言ってないのか」

「え?」

「オレたちの……昔の関係のこと」

「……」


 ビクッと青司くんがその言葉に反応する。


「昔の関係? なんのことだ?」

「せ、青司くん……それは」

「聞きたいか?」

「ああ」


 そう言って、真剣な顔で向かい合う二人。

 わたしはキリキリと胃が痛くなってきた。


「真白……話すぞ?」


 そう黄太郎に確かめられても、すぐには返事が出せない。

 でも、わたしは勇気を出してゆっくりとうなづいた。


「オレたちはな……付き合ってたんだ。高校のときにな」


 青司くんの顔が、見れない。

 わたしはカウンターの上に出した手をきゅっと握りしめた。


 青司くんは何も言わない。どうやら絶句しているようだ。

 しばらくしてから、また包丁の音がしはじめた。


 今度は怒りにまかせたものではなく、普通の音。

 それが逆に恐ろしく感じる。


「青司。悔しいか?」


 嘲るようにそう言う黄太郎。

 やめて。もうこんなこと……!


「なあ、青司。自分の知らない間に……可愛い幼馴染が別のやつと付き合ってたって聞いて、どう思ったんだよ? なあ。答えろ、九露木青司!」


 バン、と黄太郎はカウンターの天板に手をついて立ち上がる。

 青司くんは、ちょうどにんじんを刻み終えたところだった。

 わたしはまだその手元しか見ることができない。


 丁寧に包丁で寄せて、にんじんを大きめのお皿に移す。

 続いてまた別の食材を切る音。