川向こうのアトリエ喫茶には癒しの水彩画家がいます

「おう、青司。ようやくこの地元に戻ってきたんだってな。じゃ、とりま一発殴らせろ」

「へ?」


 青司くんがぽかんとしている間に、黄太郎は大きく右こぶしを振りかぶる。

 わたしは青ざめた。


「や、やめて!」


 とっさにそう言うが、黄太郎はかまわず青司くんに殴りかかる。

 しかし、直前でその腕が別の誰かに掴まれた。


「も、森屋さん!」


 それは喫茶店の庭の管理をお願いしている、森屋堅一さんだった。

 どうやらここのスーパーにお昼を買いに来ていたようだ。

 片手にお弁当の袋、もう片方の手に黄太郎の手首と、両方しっかり掴んでいる。


「大丈夫か?」

「あ、ありがとうございます……」

「なんだ、もめごとか?」

「いえ……」


 青司くんが首を振ると、黄太郎はさらに跳びかかってこようとした。

 それをギロリと睨む森屋さん。

 ふと見回すと、通行人たちが遠巻きにわたしたちを眺めていた。喧嘩をしていると思われているのだろう。


「ちっ」


 舌打ちをして、ようやく大人しくなる黄太郎。

 わたしはあわてて黄太郎の前まで行った。


「黄太郎、やめて。こんなところで、こんなマネしないで」

「だってよ……」

「いいの。もうわたしは青司くんのこと許せてるんだから」

「んなこと言ったって、オレは納得いかねえんだよ!」

「黄太郎……」


 わたしたちの様子を見て、そっと手を離す森屋さん。

 体が自由になっても黄太郎はもう殴りかかろうとはしなかった。

 一応ホッとする。


「大丈夫そうなら、一足先に戻ってるぞ」

「あ、はい」


 森屋さんが青司くんにそう言って去っていく。

 少し離れた場所に軽トラックが止まっており、そのドアには『森屋園芸』との文字が書かれていた。

 あれが仕事用の車なのだろう。


「黄太郎……」


 昔、青司くんはふざけて黄太郎のことを「キタロウ」と呼んでいた。

 でも今はとても、そんな呼び方はできなさそうである。

 青司くんはそのまま真剣な顔つきで言った。


「なあ、黄太郎。もし良かったら……これからうちに来てくれないか?」

「なに?」

「真白から多少聞いたかもしれないけど、俺、あの家で喫茶店を開こうとしてるんだ。これからそのランチの試食会をしようと思ってる。そこで……お前にも食べてみてもらいたいんだ。いいかな?」

「……」