「んー。美味しい! 今はいつでもぶどうが手に入るからいいわねー」


 真っ先に、そんな嬉しそうな声をあげたのは紫織さんだった。

 たしかに今は一年中、どんな果物でも手に入る時代だ。

 青司くんは使ったぶどうについて説明をはじめた。


「そうですね。でも、流石にこれは国産ではなく、オーストラリア産の種なしぶどうなんです。パリッとした歯触りが特徴で、ムースの柔らかさとはまた違った触感を楽しんでいただけると思います」

「ふむ……たしかに。面白い組み合わせだな」


 森屋さんからもそういった声があがる。

 わたしはそこまでの工夫がされていたとは知らず、素直に感心した。


 ふと、紫織さんの旦那さんを見ると、一口目を食べたまま手が止まっていることに気が付いた。

 その視線は、娘の菫ちゃんに注がれている。


「……」


 菫ちゃんはいまだにケーキの一点を見つめつづけていた。

 こちらはまったく手がつけられていない。

 やれやれと言った表情で、紫織さんの旦那さんが口を開いた。


「菫、一口だけでもいいから、食べてみなさい。とっても甘くて美味しいから」

「ん! んんん~~~~っ!」


 しかし菫ちゃんは眉間にしわを寄せたまま、首を左右に振る。


「はあ……すみません。菫は初めて食べるものをとても警戒するんですよ。感覚過敏と言って、触感や匂い、味などが気に入らないとそれだけで食べられなくなるんです。一口食べて大丈夫だってわかったら、全部食べられたりするんですけどね……」


 意外にも、紫織さんの旦那さんはめちゃくちゃ菫ちゃんのことに詳しいようだった。

 あれ? なんか紫織さんが言ってた印象と違うな……。

 本当は紫織さんと同じくらい、いや、それ以上に菫ちゃんのことを理解しているのかもしれない。


 そう考えているうちに、わたしは菫ちゃんのことで気が付いたことがあった。


 どういうものかわからないから怖い。
 だから否定する、だから拒絶するのではないか。


 紫織さんのご家族が菫ちゃんのことをよくわからなくて拒絶するのと同じように、菫ちゃんもケーキのことがよくわからないから拒絶するのではないだろうか。

 なら……。


 青司くんもちょうどわたしと同じことを思っていたのか、こくりとこちらに頷いてみせた。


「真白。じゃあ菫ちゃんは、いったいどうしたらケーキを食べてくれるようになるかな?」

「それは……」


 わたしは手をぎゅっと握りしめると、自信を持って言った。


「丁寧に、ケーキのことを説明して……ケーキのことをよく知ってもらったら、怖くなくなるんじゃないかな?」

「ああ、そうだね」


 青司くんはそう言うと、さっそく菫ちゃんの近くにしゃがんで目線を同じ高さにした。


「菫ちゃん。ぶどうは好き?」

「……」

「このケーキはね、ぶどうのジュースで出来てるんだよ」

「……え? ジュース?」


 初めて、菫ちゃんが青司くんを見た。

 青司くんは菫ちゃんを安心させるように、さらに優しい笑みを浮かべて言う。


「そうだよ。ぶどうのジュースと生クリームを混ぜて、ゼラチンで固めてあるんだ。この下にあるのはクッキーだよ。一番上に乗ってるのはぶどうと、ぶどうのジュースのゼリー」

「……そう、なんだ」


 少しホッとしたような顔でケーキを見つめる菫ちゃん。

 でも、まだ食べてはくれない。