「お待たせいたしました」


 わたしと青司くんは、テーブルにブドウのムースケーキとぶどうのジュースを並べた。

 席の右側には紫織さんと娘の菫すみれちゃん、左側には紫織さんの旦那さんと森屋さんが座っている。


「うわあ、綺麗~。ね、菫(すみれ)?」

「……」


 ケーキの美しさに感動した紫織さんが、そう菫ちゃんに声をかける。

 しかし菫ちゃんはじっとケーキの一点を見つめたまま、動かなくなってしまった。


 ムースケーキは、一番下が砕かれたクッキーでできた生地、その上が薄紫色のぶどうのムース生地、そして一番上が生のブドウの上に濃い紫色のゼリーがかけられた層、と三層構造になっている。

 青司くんは、みんなが料理をじっくりと見終えた頃に話しだした。


「本日は、旬ではありませんが、ぶどうのムースケーキを作ってみました。たしか紫織さんはぶどうが一番お好きでしたよね?」

「ええ、そうよ……。よく憶えててくれたわね。さっきこのケーキ見た時、やったーって内心思ったわ。ありがとう、青司くん」


 そう言って紫織さんは嬉しそうに微笑む。


 ああ、やっぱり。

 そういうことも憶えてるんだ。

 青司くんは紫織さんのことを「憧れてただけ」って言ったけど……でも、やっぱり好きは好きだったんだ。だから、彼女の好物だってこうして今でも憶えている。


 少し、胸がちくりとした。

 わかってる。わたしはそんな青司くんを、ずっと好きだったんだから。

 ずっとずっと、そんな青司くんを見てきたんだから――。


 ふと紫織さんの旦那さんを見ると、この人もなんだか複雑そうな顔をしていた。


 昔馴染みとはいえ、こんな親しげにしている二人を見たら不安にもなるだろう。

 今は喧嘩中だから、よりこういうことに敏感になってるのかもしれない。


「俺も、果物は好きだ」

「森屋さん」


 森屋さんが突然ぼそっとつぶやく。

 そうだ。この人は、桃花先生の作ったフルーツタルトが好きだった。
 だから当然、このぶどうのムースケーキも好きだろう。

 というか果物が乗っているケーキならなんでも好きなんじゃないか?


 彼は早く食べたい、というようにフォークを手にしていた。


「あ、ではどうぞ。お召し上がりください」


 青司くんがあわてて促す。

 いただきますという声がぱらぱらと上がり、食事がはじまった。