川向こうのアトリエ喫茶には癒しの水彩画家がいます


 計算された色彩、グラデーション。精密に描かれた人物や風景。

 それは心が洗われるような素晴らしい絵だった。それと同時に、ひどく懐かしい気持ちにもさせる絵でもある。


「青司くん、これ……」


 振り返ると彼もちょうどわたしを見つめていた。

 でも、なぜかちょっと複雑そうな表情をしている。


「それ、俺が描いたんだ。これでも一応……画家だから」

「えっ、画家? 青司くん画家になったの?」

「うん……」

「は~、すごい。これ全部、青司くんが……」


 青司くんはわたしの言葉に照れたのか、ささっと奥の方へと行ってしまった。

 右奥にはカウンター式のキッチンがあり、その前には足の長い椅子が五つ並べられている。

 買ってきた食材を冷蔵庫に詰めながら、青司くんは電気ケトルのスイッチをポンと押す。


「今、お茶入れるから。そこ座ってて」

「うん……」


 カウンター席に腰かけると、なんとなく昔のことが思い出されてくる。

 ここで過ごしていた、昔のこと。


「ねえ。よくおやつの時間にさ、先生がいろんなお菓子とか飲み物を……ふるまってくれたよね? わたし、それがホントに大好きでさ。覚えてる?」


 先生の手作りのおやつ。

 もう一度食べてみたいと思うけれど、もうそれが叶うことはない。だって先生はもう、十年前に亡くなって――。


「はい、どうぞ」

「え?」


 見るといつのまにか目の前に白いチーズケーキと、湯気の立つあたたかい紅茶が置かれていた。

 わたしは思わず目をしばたたく。


「こ、これ……」

「母さん直伝のケーキ。それと、昔と同じ銘柄の紅茶。良かったら、一緒に食べてみて」


 わたしは胸がいっぱいになった。

 なんで。どうして今これが、ここで出てくるの。


「青司、くん……」

「俺さ、昔母さんがここでやってたみたいなこと、したくなって。絵とおやつとみんなの笑顔……それに囲まれたいなって思って。それで、ここに戻ってきたんだ」


 青司くんは、そう言ってふわっと笑う。

 その笑顔はとても優しくて。


「だから、ここでアトリエ兼、喫茶店を開こうと思ってる。良かったら手伝ってくれないか、真白」