「正直、見切り発車です。甘いと言われれば否定できません。喫茶店で働いたこともありませんし、所詮は母の趣味の延長です。それすらも……真似事でしかない。真白には、悪いと思います。こんな不安定な仕事に付き合わせてしまって。でも……」


 お玉にかき混ぜられ、粉ゼラチンがジュースに溶けていく。

 一通り混ぜ終わったら、青司くんは冷蔵庫で冷やしていたムースケーキを取り出した。


「ここで、いろいろとやり直したいんです。みんなとのことも……。その方法が、これしかなかったんです。貯金ならわりとあります。だから、出来る限り続けてみたいんです……」


 調理台に型に入ったケーキを置き、青司くんはようやく真正面から紫織さんに向き合った。

 それが、青司くんの覚悟の表れだった。

 わたしは少しホッとする。この人についていくだけでいい。そう思った。


「そう。だったら、そこまで決意してるなら、もうなにも言うことはないわね。頑張って。……って、私も人の心配より、まずは自分のことよね……」


 紫織さんは苦笑いを浮かべると、また一口紅茶を飲んだ。

 わたしもつられていただく。

 周囲にはブドウジュースの甘い香りが充満しており、その匂いを嗅ぎながら飲むと、さながらぶどう味の紅茶を飲んでいるみたいになった。


「そういえばさっきからそれ、何を作っているの?」


 紫織さんが青司くんの手元を見ながら質問する。

 青司くんは、いつの間にか生のぶどうを房から一粒ずつもぎ取り、それをそれぞれまな板の上でたて半分に切っていた。

 巨峰のような濃い紫の大きなぶどうだ。


 ひとつずつ、それを丁寧にムースケーキの型の上に並べていく。


「これは、ぶどうのムースケーキです。あと三十分くらい冷やしたら、食べられますよ」


 花弁のように放射線状にぶどうを並べ終えた青司くんは、さらにその上に先ほど作ったブドウジュースのゼラチン液をお玉でかけはじめた。

 かけたのは、あくまでも少量だけである。

 それをまた冷蔵庫にしまい、残ったゼラチン液は適当なグラスに注ぎはじめる。


「こっちはもったいないからただのゼリーにしておきます。良かったらあとで持って帰ってください」

「あ、ええ。それは、ありがとう……」


 紫織さんは、青司くんのあまりの手際の良さに驚いているようだ。


「料理上手ねえ。その点は心配なさそうね」

「恐れ入ります」


 二人ともようやく笑い合って、少しだけ和やかな空気になる。

 青司くんはぶどうゼリーのグラスも冷蔵庫にしまった。