「……え!?」

「いや、マジで嬉しいよ……。久々に描く題材に、俺を選んでくれたなんて」

「あ、いや、そのっ……」


 わたしもなんだかつられて顔が熱くなる。

 お互いまた無言になると、外から話し声が聞こえてきた。

 もしかして紫織さんたちかな。


「あ、まずい。早く支度しないと」


 そう言って急いで立ち上がり、青司くんは納戸に画材をしまいにいった。

 残されたわたしはひとり思う。


 ど、どうしよう……。あれ返してって言いそびれちゃった……。


 あの絵をあとでまたじっくり見られたりしたら死ぬ。

 ていうかまだ完成してないし。

 わたしはどうにもできなくて、うなることしかできなかった。


「う、ううう~~……!」 


 そうこうしているうちに玄関扉が開かれ、紫織さんたちがやってくる。

 昨日よりはラフなパンツスタイルの紫織さんと、はじめて見る女の子だった。


 この子が「菫(すみれ)ちゃん」か。

 ピンクの花柄のワンピースを着て、髪をツインテールにしているその女の子は、不思議そうに部屋の中を見回していた。


「こ、こんにちは」


 わたしは、おずおずとそう挨拶する。

 壁掛け時計の針はもう十一時近くを指していた。


 紫織さんはわたしを見て目を丸くする。


「あらっ、あなた……真白ちゃん!?」

「あ、はい。お久しぶりです。紫織さん」

「久しぶり! 元気だった?」

「はい。紫織さんもお元気そうで……」


 にこにこしながら紫織さんはわたしの元へやってくる。


「あなたも、青司くんに会いにきたの?」

「あ、えっと……はい」

「そう。こっちは娘の菫(すみれ)よ。今わけあって帰省してるの。あ、青司くんは?」

「いま奥の納戸にいます。そろそろ戻ってくると思いますけど」

「そう」


 紫織さんは納戸の方を見やると、娘を振り返って目線を合わせた。


「菫。ここが、お母さんが若い頃通ってたお絵かき教室よ。もうすぐ喫茶店に変わるみたいだけれど、昔はずいぶん長いこと通ってたの。ねえ? 真白ちゃん」

「え、ええ……」


 急にこっちに話をふられて、わたしはどぎまぎしながらも相槌を打つ。

 娘の菫ちゃんはそれに何とも云わず、相変わらずきょろきょろと部屋の中を見回していた。