さらさらと何も見ないで、青司くんが絵を描いている。

 それはこの間森屋さんと食べたフルーツタルトだ。

 それにしてもものすごい手の速さである。あっという間に鉛筆での下書きが終わり、着色がなされていく。


 色とりどりの絵の具が乗ったパレットに、水を含ませた筆が滑り、色が溶けていく。

 そして、その薄まった色が白い水彩紙の上に広がっていく。

 赤や黄色や緑が絶妙な濃淡をまとい、光と影が描かれ、本物以上のリアルなフルーツタルトが紙の上に浮かび上がった。


 美味しそう。それにとても綺麗。


 絵自体にはそんな率直な印象しか浮かんでこない。

 それよりも、わたしは青司くんの一挙手一投足に見惚れていた。


 客席のテーブルの一つに、わたしと青司くんは対面で座っている。


「スランプなんて、嘘みたい。とっても上手」

「ありがとう。でもまあこれは、好きなものを好きなように描いてるだけだから。仕事ならそんなに面白くないよ。決められた絵を決められた通りに描かなきゃいけなかったりするし」

「ああ……なるほど」


 嫌なことを無理してやっていけば、それはだんだんつまらなくなっていくものだろう。

 青司くんがスランプになったのはそういう理由があったようだ。


「ねえ、真白。どうこれ?」

「ん?」


 青司くんが水彩紙のブロックを立てかけて、出来上がった絵をわたしに見せてくる。

 わたしはうーんとうなって首をかしげた。


「どうって……?」

「美味しそうに見えるかってこと」

「ああ、うん。大丈夫。それは、とっても美味しそうだよ。やっぱり青司くんの絵、いいね。写真とか文字だけのメニュー表もいいけど……青司くんが開くお店には、青司くんらしい絵が載っててほしいな。その方が何倍も素敵だと思う」

「ありがとう、真白」

「あとは、ドリンクも描くの?」


 わたしは昨日試飲した、色とりどりのジュースたちを思い出して言った。


「うん、そうだね……。コーヒーは二種類出そうと思ってるけど、その二つは見た目にはそんなに変わらないからホットとアイスの絵を一枚ずつかな。あ、紅茶も同じだね。でも他のドリンクはこう、色とか見栄えがいいから全部描きたい」

「じゃあ、どんどん描いて」

「うん。描くけど、描くけどさ。……真白は? 真白は描かないの?」


 笑いながら、青司くんはそんなことを言ってくる。