川向こうのアトリエ喫茶には癒しの水彩画家がいます

 青司くんが鍵を開けて中に入る。

 夕暮れの薄暗い部屋。

 そこには、昔のままの光景が広がっていた。


「……懐かしい」


 アンティーク風の木の机が三つ置かれていて、それぞれの上に椅子が四つずつさかさまに乗せられている。

 わたしは十年前まで、ここの「お絵かき教室」に通っていた。

 そこには優しい水彩画家の女の先生と、その子どもの青司くんがいた。何人もの生徒たちが、学び合って、ふざけ合って、笑い合って。とても幸せな日々を過ごしていた。



 でも、それはある日突然消えてしまった。わたしは心のよりどころを一気に失って……ずっと立ち止まりつづけていた。

 ここは、なにも変わってない。

 今のわたしと同じように――。



 でもわずかな違いもあった。



 今は、ワックスがかけられたばかりなのか、木の床が飴色に輝いている。

 窓もどれもピカピカで、十年空き家であったとは思えないほどの綺麗さを取り戻していた。

 業者が来ていたと母が言っていたけれど、これはなるほどプロの技だと思った。



 奥には手洗い場と、サンルーム。

 その先の庭にはいろんな草花が植わっていて。

 視線を左手に向けると、いろいろな画材を入れていた棚があった。今はなぜかほとんどからっぽだ。そしてその上の壁にはたくさんの絵が飾られて――。


「え……?」


 それは、かつての生徒たちが描いた絵ではなかった。今飾られているのは……あきらかにプロの絵。

 しかも、おそろしく美しい水彩画だった。