そう言って、バタンと玄関扉が閉まる。

 なんだか嵐が去っていったようだった。

 紫織さんて、あんな人だったかなぁ……? 学生のころはもっとおっとりしていた気がするけど。結婚して子どもを産んだら、あんな風にパワフルになるんだろうか。


 青司くんも少し面食らってるようだった。

 ぼうっと突っ立ったまま、扉の外を見つめつづけている。

 でもすぐにハッとなって、わたしがいる方に振り返った。


「真白……」


 物陰に隠れていたわたしに気付いて、青司くんがつぶやく。

 わたしは気まずくなりながらも青司くんに声をかけた。


「あ。ご、ごめん……。ちょっと立ち聞きしちゃった。さっきの紫織さん、だよね? 何、明日来るの?」

「うん。そうみたい」

「旦那さんと……ケンカしてるの? それでこっちに……?」

「うん。そうみたい」

「そう……。ていうか、紫織さんが結婚してたこと、知ってたんだね。なに、大貫のおばあさんから聞いたの?」

「……」


 そこで唐突にわたしたちの会話は途切れる。
 疑問に思ってると、青司くんがすたすたと近づいてきた。


「えっ、えっ?」


 距離の詰め方が急だ。

 どうしたんだろうと驚いている間に、ぎゅっと抱きしめられる。


「んっ? んんっ……!?」


 突如、やわらかな感触が口に当たった。

 これは……もしかして、今度こそ本当にキスをされてる?

 ど、どうして。どうして。

 パニックで何も考えることができない。


 なんで?

 なんで青司くんが急にこんな……。


「ん……」


 思わず目をつぶる。

 そして、なんだか泣きそうになってきた。

 嬉しいのか、突然すぎることにショックを受けてるのか、よくわからない。


 薄暗い半廊下みたいな場所でわたしは青司くんと、初めてのキスをした。

 やがて、そっと唇が離れていく。


「……ごめん、真白」

「……」


 青司くんが顔を離しながらそう言う。

 でもまだ抱きしめられたままだった。

 わたしは動揺が隠せずに言った。


「あ、あの……なんで? なんで突然、こんな……」

「それは……」


 じっと、青司くんがあのいつも眠そうな目で見つめてくる。

 ドキドキして死にそうだったけど、わたしは思っていたことを言葉にした。



「青司くん。青司くんは……紫織さんが好きだったんじゃないの?」

「え……?」


 わたしはついにこらえきれなくなって、涙を流した。