森屋さんはとつとつと昔語りをしはじめた。


「あの日は……いつものように庭のメンテナンスに訪れていた。今と、同じくらいの季節だったな。俺はもっと春らしい植物をたくさん植えたいという先生の要望通りに、仕事をこなしていた。一仕事終えて、そろそろ帰ろうかというとき、先生からお茶の誘いを受けたんだ……」


 青司くんは言いにくそうに口を開く。


「そこで、さっきのフルーツタルトを出してもらったんですね? 飲み物まではわからなかったけど……アイスコーヒーも。あの日の夜、冷蔵庫を見たらさっきのと同じフルーツタルトが入っていたんです。あと、流しに二人分の使い終わった食器も……。それを見てすぐにわかりました。ああ、いつものように森屋さんが来てたんだって」

「そうか……」


 先生が倒れた日。

 青司くんは学校から帰ってきて、すぐに病院に直行した。

 だから冷蔵庫とか、その流しの異変に気付いたのは夜だったんだ……。


 その時の心情を想像して、わたしは胸が痛む。

 最後に会っていたのが森屋さんだってわかって、青司くんはどう思っただろう。わずかでも彼が殺した、と思っただろうか……。


「でも母さんが倒れたのは、その『後』だったんですよね? だってもし、森屋さんと会っていた時に発作が起きていたのなら、きっと助けてくれていたはずです。でも、そうじゃなかった……」

「ああ。もし俺と会っていた時に先生に異変があったなら、俺は即、救急車を呼んでいた。だが……違った。俺の帰った後に先生は……」

「ええ、それは病気だったんだから仕方がありません。警察も……病死だったと言っていました。たとえ最後に会ってたのが森屋さんだったとしても、なんの罪悪も抱くことはないんです」

「それは違う」

「え?」


 森屋さんは、苦悶の表情でアイスコーヒーの中の氷を見つめる。


「どういうことですか」

「救えなかった、だけじゃない」

「……?」

「彼女に発作を起こさせた原因は……俺にあるんだ」

「えっ!?」


 青司くんだったか、わたしだったかは定かでない。

 でもほぼ同時に似たような言葉を叫んでいた。


「「発作の原因が森屋さん……!?」」