「だから、いま言おうと思ったのに……」


 わたしが気まずくなって黙ると、青司くんが呆れたように言った。

 そして丁寧に説明してくれる。


「森屋さんはね、小さい頃に難聴になって、補聴器をつけないと人の声が聞きとりづらくなるんだ。真白は知らなかったのか。ごめん、俺がさっき教えていれば……」

「い、いや……。わたし、まさかずっと前から森屋さんがそうだったなんて……知らなかった。昔も今もまったく気づかなくて。そっか。だからたまに話しかけても無視されてたんだ。てっきりイジワルされてたのかと思ってた」

「それは、済まない。わざとそうしていたわけではないんだ」


 森屋さんはそう言って、とても申し訳なさそうに言った。


「あ、いえ。そんな……。わたしの方こそ、勝手に勘違いしててごめんなさい。あの今は……ちゃんと聞こえるんですか? それをつけてれば」

「ああ」

「そうですか。良かった」


 森屋さんの補聴器を見せてもらうと、黒い豆のようなものが耳の穴の中にすっぽりと収まっていた。

 とても小さな物だ。

 これはたしかに、仕事中などよく動くときには、いつのまにか無くなってしまうかもしれない。

 だからさっきまで外していたのか。


「俺はもともとこんな面ということもあって、よく誤解される。つまりよくあることだから気にするな。で? なんだ、青司くん」

「あ、ああ……仕事終わりにおやつでも召し上がっていかれませんか?」

「なに?」

「店をオープンするまでに、今いろいろ試作しているんです。真白にも少し手伝ってもらっていますが……どうせだったら森屋さんにも食べてほしいなって」

「……」


 また黙ってしまっている。

 これは、もう補聴器をつけているから聞こえているはずだ。
 けれど、その上で返答につまっているようだ。


「もしかして甘いもの……お嫌いですか?」


 青司くんはそれが「森屋さんの好みじゃなかったから」と予想したようだが、まったく違っていた。


「いや。甘いものは大好きだ。だが……作業着が汚れていてな。椅子を汚してしまわないか……」

「ああ、大丈夫ですよ。カウンターの椅子は革張りなので。拭けば大丈夫です。さあ、遠慮なさらず」

「そうか? なら……お言葉に甘えよう」