「さ、真白。今日はいろいろドリンク作ったから飲んでみて」

「ドリンク?」

「そう。紅茶と日本茶はもう試飲済みだから良いとして、ほらコーヒー。それからジュース類」

「うわー。すごいね」


 わたしは視線を青司くんに戻すと、さっそくカウンター席に腰かけた。

 机の上には次々とコーヒーや、カラフルなジュースが並べられていく。


「いいかい、真白。あくまで試飲だからね。試飲。全部飲む必要は、ないんだからね?」

「わーかってますよう」

「ほんとか……?」

「ほんとだって!」

「ふふっ」

「あははっ」


 思わず二人とも吹きだす。
 どれだけわたしは食い意地が張っていると思われているんだろう。

 たしかに昔はよく食べていたけれど。

 でもそれは、ここで出されるおやつがどれもとても美味しかったからで。もっと食べたくて、でも人前ではなかなかそうできないから我慢して。それでついつい、早く食べてしまっていた。

 きっとそのイメージが染み付いちゃってるんだろう。

 でも、笑ったおかげで、昨日のことをふっと忘れることができた。
 気まずいままかと思ったけど、案外普通でいられそうだ。

 わたしは「いただきます」と言って、最初に熱々のコーヒーを口にした。


「……っ!」


 ふわりと、芳ばしくて華やかな香りが鼻に抜けていく。
 続いて、わずかな酸味と爽やかな甘味を感じる。苦みがあまりないからか、とても飲みやすいと思った。

 
「美味しい……。すごく美味しいよ、このコーヒー。若い頃はコーヒーって、苦いだけであんまり好きじゃなかったけど……大人になってからは好きになって、最近よく飲むようになったんだ。でも、このコーヒーは普段のと全然違う……なんで?」

「俺の、特製ブレンドなんだ。コスタリカとエチオピアとブラジルの豆を混ぜてる」


 青司くんはそう言って得意そうに笑った。

 わたしは次々述べられた国名に首をかしげる。


「えっと……産地とか、わたしはよくわからないんだけど、なにか違いがあるの?」

「よくぞ訊いてくれました。それぞれ香りが独特だったり、酸味とか甘味の違いがあるんだよ」

「へえ。青司くん特製ブレンドかあ」


 もう一度口に含んで、ゆっくりと味わう。


「うん。甘いものと一緒だったら、わたしはもう少し苦くてもいいと思うなあ。でも、コーヒーだけ頼むお客さんもいるよね。飲みやすかったらお代わりもしてくれるだろうし、うん。良いと思うよ」

「あ、そうか……。ケーキと一緒に食べるとしたら、苦みの存在感がもう少しあってもいいのか」

「そう、だね。お口直しとして飲まれたりもするから」

「このブレンドはこのブレンドで、あともう一つ、苦めのコーヒーを置かないとな……」


 なにやらそうぶつぶつと言いながら、青司くんはキッチン台の上のコーヒー缶を見つめていた。

 わたしはそんな真剣な青司くんの横顔を見ながら、ああとっても幸せだなあとしみじみ思う。
 いつまでも二人きりでこうしていたい。

 でも――。
 わたしは青司くんのお店も成功させたかった。だから、意を決して言った。


「青司くん。わたし、みんなに青司くんが帰ってきたこと……知らせたよ」