レストランの仕事が終わり、青司くんの家に向かう。
 どきどきするけど、紅里に言われた通り、ちゃんとけじめをつけなきゃ、と思う。


「うん、よし!」


 気合を入れて、わたしは店の玄関扉を開けた。


「あ、おかえり、真白」

「た、ただい、ま……?」


 予想外の言葉だったので、つい「ただいま」と条件反射で返してしまった。
 え、なに。
 これじゃあまるで。


「あ……ごめん。これじゃあまるで真白もここに住んでるみたいだな。あの、わ、忘れて!」

「い、いや……」


 照れて顔をそむける青司くんに、わたしは首を横にふった。


「別に、へ、変じゃないよ。これから働こうとしてる店に、帰ってきたん……だから」

「そう?」

「うん……。ただいま、青司くん」

「うん、おかえり。真白」


 そう言って、ふわっと優しい笑顔を向けられる。
 ああもう。
 さっきまで固く、いろいろ決意していたのが無意味になる。その笑顔は……ずるい。ホッとしてしまう。

 顔を熱くさせながらコートを脱いでいると、サンルーム越しの庭に誰かがいるのが見えた。


「え? あれ……? あそこ、誰かがいる」

「ああ、あれは庭の手入れをしてもらってる、森屋園芸さんだよ」

「え? 森屋園芸さん……って、たしか昔もここで仕事してたよね?」

「うん、そう」


 青司くんによると、建物のメンテナンスとは別に、庭も庭でずっと他人に管理をしてもらっていたらしい。
 それが十年前もここで仕事をしていた、森屋園芸さんだったという。

 あそこにいるのは、そこの店主の森屋堅一さんだ。

 わたしは彼のフルネームを、このとき初めて青司くんから教えてもらった。


「あの綺麗なお庭を作ったのも、あのおじさん……なんだよね?」

「うん。母さんは庭のことはすべてあの人に任せてた。手入れも年に三回までって決めてたんだけど、でも俺がいなくなった後は誰も住まないから、枯れたのとかはそのままにしておいてくださいって頼んでおいたんだ。でも、店を始めるにあたって……さすがにこのままじゃまずいって、今もう一度作り直してもらってる。よく見ると、ところどころ寂しくなってるんだ」

「そうなんだ……」


 紺色のつなぎを着た男性は、今もせっせと木の枝を剪定したり、花苗を植え込んだりしている。

 お絵かき教室に通っていた時も、たまにあのおじさんの姿を見た。
 たまに話しかけても、元から無口なのか無視されることが多かった気がする。