バイトに行く前に、わたしはかつてのお絵かき教室の仲間たちに、青司くんが帰ってきていることを報告してみることにした。
できればまだわたしだけが知っていたかったけど……あの大貫のおばあさんの様子から察するに、近所の人たちから情報が拡散するのは時間の問題だ。
そうなってからでは遅い。
絶対あとでわたしが責められる。
「なんで早くみんなに教えなかったんだ」って。
それはやっぱりよくないので、わたしはしぶしぶメールを送った。
数分後。
各所からは予想通り、驚きやら困惑やらの反応が返ってきた。
紅里(あかり)からは怒りさえにじんでいるものが届く。
『ちょっと! どういうこと? ずっと音沙汰が無かったのに、しれっと戻ってきて……しかもお店を開く? あんたそれでいいわけ!?』
まるで昨日の自分のようだ。
まず怒りが最初に来た。
でも……。
たぶん紅里も話せばわかってくれると思う。
問題は、わたしだ。
青司くんと再会して、一緒にいる時間が増えて、また青司くんに振り回されている。そしてますます好きになって……またつらくなっている。
早く告白してしまえばいい。
でも、あれほどわたしに思わせぶりな態度を取って「でもやっぱりごめん」なんて言われたら、気まずすぎて青司くんのお店を手伝えなくなってしまう。
恋が実る以上に、わたしは青司くんの力になってあげたかった。
だから、まだ、この気持ちを伝えるわけにはいかない。
――本当は、怖いだけでしょ? フラれるのが怖いだけなんでしょ?
もう一人のわたしがそうささやいてくる。
そうだよ。フラれたくない。
フラれるぐらいなら、思わせぶりでもわたしに好意があると勘違いしたままでいたい。だから、このままでいつづけたいんだ。
みんなには、青司くんとなぜ突然連絡が取れなくなったのか、今までどこに行っていて、何をしていたのか、ということをさらに細かく伝えた。
人は受け取った情報によって見方を変える。
……そう、わたしのように。
青司くんの事情を知ると、みんなも戸惑いは少しなくなったようだった。
でも、紅里だけは、わたしの気持ちをずっと知っていた親友の紅里だけは、最後まで納得がいかないようだった。
『だとしても、あんたはちゃんとけじめを付けなきゃだめだよ。十年間ずっと立ち止まったままだったんだから。その「時」を、自分から動かさなきゃ。じゃなきゃ……またつらい思いをするよ。あたしはそんな真白をもう見ていたくない』
わたしは「ありがとう」とだけ返した。
青司くんがいなかった間、わたしはいろいろと迷走してしまっていた。
どこか別の新しい所に飛び込もうとして、でもやっぱりできなくて、元に戻る。その繰り返しをしていた。
そのせいで何人か傷つけてしまった人もいた。
黄太郎(こうたろう)もその一人だった。
スマホ上に映る、アドレス先を見つめて思う。
星野黄太郎。
彼は、紅里やわたしと同じお絵かき教室に通う生徒だった。
高校生になったとき、わたしは一つ上の彼から告白されて付き合うことになった。
でも、わずか一週間で別れてしまった。
キスをしそうになったときに、やっぱり青司くんが忘れられないってお互いにわかってしまったからだ。
「黄太郎……」
彼からは返事がこなかった。
宛先不明で返ってきてないから、たぶん読んではいるんだろう。でもどういうコメントを返していいかわからないんだと思う。きっと。
『喜べ真白』ってくるか。
それとも、『もうそんなやつにいつまでも付き合っているな』ってくるか。
どっちにしても、もし返ってきていたら、わたしにとってそのメッセージはとても心強いものになっていたと思う。
ああ……でもダメだ。
こんな風に他人に甘えていたら。
紅里が言うように、わたしはわたしでけじめをつけないといけない。
できればまだわたしだけが知っていたかったけど……あの大貫のおばあさんの様子から察するに、近所の人たちから情報が拡散するのは時間の問題だ。
そうなってからでは遅い。
絶対あとでわたしが責められる。
「なんで早くみんなに教えなかったんだ」って。
それはやっぱりよくないので、わたしはしぶしぶメールを送った。
数分後。
各所からは予想通り、驚きやら困惑やらの反応が返ってきた。
紅里(あかり)からは怒りさえにじんでいるものが届く。
『ちょっと! どういうこと? ずっと音沙汰が無かったのに、しれっと戻ってきて……しかもお店を開く? あんたそれでいいわけ!?』
まるで昨日の自分のようだ。
まず怒りが最初に来た。
でも……。
たぶん紅里も話せばわかってくれると思う。
問題は、わたしだ。
青司くんと再会して、一緒にいる時間が増えて、また青司くんに振り回されている。そしてますます好きになって……またつらくなっている。
早く告白してしまえばいい。
でも、あれほどわたしに思わせぶりな態度を取って「でもやっぱりごめん」なんて言われたら、気まずすぎて青司くんのお店を手伝えなくなってしまう。
恋が実る以上に、わたしは青司くんの力になってあげたかった。
だから、まだ、この気持ちを伝えるわけにはいかない。
――本当は、怖いだけでしょ? フラれるのが怖いだけなんでしょ?
もう一人のわたしがそうささやいてくる。
そうだよ。フラれたくない。
フラれるぐらいなら、思わせぶりでもわたしに好意があると勘違いしたままでいたい。だから、このままでいつづけたいんだ。
みんなには、青司くんとなぜ突然連絡が取れなくなったのか、今までどこに行っていて、何をしていたのか、ということをさらに細かく伝えた。
人は受け取った情報によって見方を変える。
……そう、わたしのように。
青司くんの事情を知ると、みんなも戸惑いは少しなくなったようだった。
でも、紅里だけは、わたしの気持ちをずっと知っていた親友の紅里だけは、最後まで納得がいかないようだった。
『だとしても、あんたはちゃんとけじめを付けなきゃだめだよ。十年間ずっと立ち止まったままだったんだから。その「時」を、自分から動かさなきゃ。じゃなきゃ……またつらい思いをするよ。あたしはそんな真白をもう見ていたくない』
わたしは「ありがとう」とだけ返した。
青司くんがいなかった間、わたしはいろいろと迷走してしまっていた。
どこか別の新しい所に飛び込もうとして、でもやっぱりできなくて、元に戻る。その繰り返しをしていた。
そのせいで何人か傷つけてしまった人もいた。
黄太郎(こうたろう)もその一人だった。
スマホ上に映る、アドレス先を見つめて思う。
星野黄太郎。
彼は、紅里やわたしと同じお絵かき教室に通う生徒だった。
高校生になったとき、わたしは一つ上の彼から告白されて付き合うことになった。
でも、わずか一週間で別れてしまった。
キスをしそうになったときに、やっぱり青司くんが忘れられないってお互いにわかってしまったからだ。
「黄太郎……」
彼からは返事がこなかった。
宛先不明で返ってきてないから、たぶん読んではいるんだろう。でもどういうコメントを返していいかわからないんだと思う。きっと。
『喜べ真白』ってくるか。
それとも、『もうそんなやつにいつまでも付き合っているな』ってくるか。
どっちにしても、もし返ってきていたら、わたしにとってそのメッセージはとても心強いものになっていたと思う。
ああ……でもダメだ。
こんな風に他人に甘えていたら。
紅里が言うように、わたしはわたしでけじめをつけないといけない。