「なに?」

「いや~、帰ってくるのが遅かったねえ、と思って。ま、いろいろ積もる話があったんでしょうけど」

「あー。まあ、うん……」


 きた。

 きっとここから母の怒涛の質問責めが始まるはずだ。わたしはひそかに覚悟した。

 けど、母は以外にも変化球を投げてくる。


「どうせなら、夕飯に誘っちゃえばよかったのに~」

「えっ?」

「ちょうど今日はうち、おでんだったからさ。あ、うちじゃなくても、ふたりで外で食べて来たって良かったのよ? だって青司くん、一人暮らしなわけでしょう……? 今はきっと、ひとりで悲しくお夕飯食べてるわよ。ああかわいそう。引っ越し当日は疲れてるでしょうにねえ……」

「そ……んなこと。全然思いつきもしなかったよ……」

「もう、ぼんやりしてるんだから。この子は」

「それどころじゃ、なかったんだよ……」

「でしょうねえ」


 もぐもぐと、そんなことを言いながらわたしたちはおでんを食べる。

 もぐもぐ、もぐもぐ。


「でも良かったわね、真白」

「え?」

「また会えてさ」

「あー、まあ……ね。複雑だけど」

「複雑って? なにがよ」

「いや、青司くんさ、画家になったんだって。外国で」

「え?」

「イギリス……だったかな。あっちに行ったから連絡がつかなくなってたんだって。だから、今までごめんって謝られた」


 わたしはそうして、ひとしきり青司くんから聞いた話を母に話した。

 どうせ隠したって、後でまた根ほり葉ほり訊かれるんだ。だったら一度に済ませてしまった方がいい。


 というか、実はわたしの方も話を聞いて欲しいという気持ちが、多少なりともあった。

 嵐のように吹き荒れているこの感情をどうにかしたい。だから、ある意味母から水を向けられて助かっていた。

 ほんとに、母は話のきっかけづくりが上手い。というかかなりの聞き上手だ。

 母にひとしきり説明すると、わたしはちょっと落ち着いてきた。