わたしは足の高い椅子から降りると、カップとお皿を流しの方に持っていこうとした。

 でも、青司くんにそれを止められる。


「あ、いい、いいよ! 真白は今日は……」

「え、なんで?」

「ここの、お客さん第一号、だからさ……」

「え……お、お客さん一号!?」


 なぜか青司くんが赤くなって俯いている。

 そんな。自分で言って照れるなんて、こ、こっちも照れるんですけど……!


「だ……から、いいから! 今日は俺が片しとくから。それでもやりたいっていうんなら、ここで一緒に……働いてからにしてくれ」

「えっ? そ、それ……」


 最後の方はもう小さい声になっていたけど、はっきり聞こえた。

 え、なに。なんかもう、わたしがここを手伝うのが決まりきってるって感じの言い方だったんだけど……今の。

 見透かされちゃってる。

 わたしが本当はここで働きたくて仕方ないって思ってるのを。

 でも今、わたしがその言葉に動揺したら、なにかとても悔しいので必死で平常心のフリをした。


「……」

「あ、もうだいぶ暗くなってきてるな……。真白、そろそろ帰りなよ」

「……う、うん」


 カップとお皿をしぶしぶ手渡すと、それを流しに置く青司くん。

 笑顔がなくなると、やっぱり疲労の色が濃くなる。早くちゃんと休んでほしい。



 お客さん第一号、か……。

 そんなこと言われるなんて、思いもしてなかった。



 そういう一言一言に、ドキッとしてしまう自分がいる。

 もう、なんか……いろいろとズルい。こんなふうに振り回されたくなんてなかったのに。今日だけで何度も何度も振り回されてしまってる。でも同時に妙な喜びも感じてしまっているのが、またタチが悪い。


 失っていたものがまた目の前に現れた。

 だから、こう舞い上がってしまうのは仕方ないといえば仕方ないのかもしれないけど。


 そういえば、青司くんが帰ってきたことを知っているのは、まだわたしだけなんだろうか?

 他のみんながまだ知らないのだとしたら、本当はわたしがすぐにでも連絡を回さなきゃいけない。でも……どうなんだろう。青司くんはまだみんなに知られたくないかな? それとも、早くみんなに会いたい?


 わからない。

 目の前にいるから訊けばいいのに、なぜか訊けない。


 ――どうして?


 それは……わたしがまだ青司くんを独占したいと思ってるからだ。まだわたしだけの青司くんでいてほしい。だから……まだみんなに黙っていようとしてる。


「……」