川向こうのアトリエ喫茶には癒しの水彩画家がいます

「ふう……」


 パタパタと手で顔を軽く仰いでいると、青司くんは不思議なものでも見るようにこっちを見ていた。


「どうしたの?」

「え? いや、なんでもないよ……」

「ふーん。あ、俺はもう午前中に味見してるんだけどさ、真白はまだだから……」

「え?」

「ケーキ。早く食べて。感想聞かせてほしい」

「え、あっ、ケーキね、ケーキ。はいはい……」

「そう。久しぶりに作ったからさ、ちゃんと美味しいかどうか自信なくって。真白だったらちゃんと、正直に言ってくれるでしょ」

「うぅ……そ、そんな重要な役目……ああ、そんなじっと見ないで。緊張する!」

「ははっ、ごめんごめん。じゃああっち向いてるね」


 そう言って、青司くんがわたしと反対の方向を向く。

 はあ……もう心臓が持たないよ……。

 なんだかんだ言って十年ぶりに会った「初恋の人」というのはすごい破壊力だ。


 緊張しすぎて、ちゃんと味を感じられるかどうか不安になってきた。わたしは青司くんが見ていないうちにすばやくフォークを差し、ケーキの先を少し口に入れる。


「……っ!」


 舌の上に、砕かれたビスケットの土台とやわらかなチーズムースが乗っかった。それらはすぐに口の中でほどけ、濃厚なチーズと爽やかなレモンの香りを漂わせる。

 わたしは十分それらを味わうと、幸せな気持ちでつぶやいた。


「は~……美味しい。これとっても美味しいよ、青司くん」