川向こうのアトリエ喫茶には癒しの水彩画家がいます

 わたしは、そのワイルドベリー柄のティーカップを見て言った。


「これ、桃花先生の……だよね。懐かしい。みんな小さいうちはプラスチックのコップでさ。中学生以上になったらこのイチゴのカップ使っていいわよー、なんて言われてて」

「ああ……そうだった」

「今はもう大人になったんだから、使っていいんだよね? もちろん」

「そう、だから出したんだ。ほら早く……。冷めないうちに」

「はい。じゃあ、いただきます」


 あの桃花先生が、今もどこかから見守ってくれている。

 そう思うと、さっきまで張りつめていた空気がちょっとゆるんだ気がした。

 わたしはカップのふちに口をつけ、香りを堪能しながら紅茶をすすった。


「あー、美味しい……」

「そう。良かった」


 青司くんを見ると、少しホッとしたような笑みを浮かべていた。

 でも少し疲れもあるようにみえる。

 引っ越しが予想以上に大変だったのかもしれない。

 わたしは、ちょっとだけ勇気を出して言ってみた。


「あの。せ、青司くんも……こっちで少し休まない?」

「え?」

「いろいろ……疲れたんでしょ、今日は」

「あー、うん。そう言われればそうかも。じゃあちょっとだけ休憩しようかな。そうだ、俺も食べとかないと」


 青司くんはそう言ってもう一人分の紅茶とケーキを用意すると、わたしの隣の席に座った。

 う、うわ……近い!

 わたしから誘ったくせに、隣に座られただけですっごくドキドキしてきてしまった。なんだか首から上が熱い。このままだとのぼせちゃう、なんて思ったので首のマフラーを取って落ち着こうとした。