川向こうのアトリエ喫茶には癒しの水彩画家がいます

 青司くんはある程度の荷物を先に送っていた。だからその日は、身一つで東京に向かうだけになっていたはずだ。

 あの日の光景をわたしは忘れない。

 駅までお絵かき教室のみんなと見送りに行った。青司くんの乗った電車が見えなくなるまで、わたしたちはずっと手を振りつづけていた。

 そんな別れ方だったから、急に青司くんと連絡がとれなくなると……みんな青司くんに対してひどい文句を言っていた。わたしも、そのうちの一人だった。


 でも、青司くんにまさかそんなことが……起きていたなんて。


「い、行き先は?」

「イギリス。向こうに着いたらさっそく向こうの携帯を渡されて。さらに向こうの美大に行けって。あと、学業に支障が出るからって、前のスマホも取り上げられて……」

「そんな……」

「父さんは母さんと離婚した後、海外で人気の画家になっていた。それで、一年のほとんどをあっちで過ごすようになっていたんだ。そんなこと、俺まったく知らなくて……母さんの葬式を終えたら、父さんしか頼れる人がいないって思ってて……でも、それは大きな間違いだったよ」


 わたしは、目の前の紅茶とチーズケーキを見つめた。

 その向こうには、ぼんやりとあのかつてのお絵かき教室の先生、桃花先生の顔が浮かぶ。


 青司くんのお母さん。

 九露木桃花(くろきももか)先生は、親子だからか青司くんとよく似た笑い方をする女の人だった。

 どこか抜けてる、天然な感じの人でもあり、みんなからいつも好かれていた。ひどく怒鳴ったり、怒ったりしているのを見たことがない。とっても優しい人だ。


 先生は、わたしが物心つくころにはすでにシングルマザーだった……と、記憶している。

 川向こうの白い洋館には「九露木さん」っていう母子が住んでるのよ、と母に教えられていたからだ。

 でも、青司くんが小学校に上がるくらいのとき、あの「お絵かき教室」がオープンして。


 わたしはそこに幼稚園の年長さんくらいから通いだした。

 それから十五歳、つまり中学三年生になるまで通って。

 実に十年もの間、親しくさせてもらっていた。