川向こうのアトリエ喫茶には癒しの水彩画家がいます

 翌朝。
 わたしはできあがった青司くんの肖像画を抱えて、川向こうの喫茶店へと向かった。

 結局、昨夜の晩ご飯は食べ損ねて、朝食と化してしまった。
 でも母は何も言わなかった。

 お気に入りの白いワンピースをコートの下に着込んでいく。

 店の玄関前に来ると、昨夜まではなかったものが壁に取り付けられていた。


 『アトリエ喫茶・九露木』


 黒地に白抜きの文字で書かれている。

 そこには以前、『お絵かき教室』と木の手彫り看板がかかっていた。

 だが今度の看板は、どうやら業者さんに頼んで作ってもらったものらしい。


「おー。かっこいい」


 なんだかテンションがあがって、わたしはそのまま勢いよく扉を開ける。


「おはよう、青司くん!」

「ああ、おはよう。真白」


 ちょうどコーヒーを淹れていたところだったのか、室内には良い香りが漂っていた。

 昨日搬入されたとおぼしきケーキ用のショーケースもカウンターの横に設置されている。あと、レジスターも。

 いよいよ喫茶店らしくなってきたなあとわたしはワクワクした。


 わたしはカウンターに近寄って、青司くんに言う。


「あ、あの……昨日はごめんね。急に帰っちゃって」

「ああ。そういえばどうしたの? 俺もあのあとバタバタしちゃって、連絡しようと思ってたのにしそびれちゃってたんだけど。ごめん」

「いや、それは……いいの。わたし、あの時妙に恥ずかしくなっちゃって、逃げ出しちゃったんだ」

「逃げ出した?」

「うん」


 荷物と、脱いだコートを隣の座席に置いて、カウンター席のひとつに座る。

 すると、さっと目の前に熱いコーヒーが置かれた。


「あ……」

「どうぞ」

「ありがとう。青司くん」

「それで? 恥ずかしいっていったい何が恥ずかしかったの?」

「いや、それが……よくわからないんだけどさ、自分の顔が描かれると思ったら、急に……」

「ああ、なるほど。まったく、真白は恥ずかしがり屋だな。そんなんじゃ、あれ見たら卒倒しちゃうよ」

「え?」

「ほら、あそこ。せっかくうまく描けたからさ、飾ってみたんだ」


 指し示された方を振り返ると、なんとそこにはわたしの肖像画が。