「違う。違うよ、紅里……」


 わたしはまた追いかける。

 どうしてそこまで引き留めようとするのか。わたしは、どうしたらいいのか。わからないまま、追いかける。

 やがて、紅里とわたしは青司くんの家の前まで来てしまった。

 日も暮れて、あたりはだいぶ薄暗くなりはじめている。
 家の中の明かりが外まで漏れていた。


「さ、着いちゃったよ。何か言うことがあるなら、最後に聞いておくけど」


 紅里がそんなことを言う。
 でもこれはきっとすべて……。


「わかってる。紅里がここまでわたしを追い込むのは……絶対わたしのためなんだって」

「……」


 紅里は何も言わない。
 ということは図星、ってことだ。


「紅里はいつもそう。そうやって、わたしを励まして、後押ししてくれてた。いつもそれに応えられなかったけど……でももうそんなことはしない」

「そう? で、どうするつもりなの?」

「新人が入らなくても、もう辞める。それから……青司くんにもう一度、ちゃんと告白するよ」

「……」

 紅里はそれを聞くと、くるりと自転車の向きを変えた。

「そう。なら……あたしはあんたが今働いているレストランに、面接に行ってみようかな。あたしに合わなそうなら、親戚とか知り合いを紹介してみるけど」

「あ、紅里……!」


 やっぱり、紅里は紅里だった。
 なんてよくできた親友だろう。本当に、わたしにはもったいないくらいのいい友だ。


「じゃあ、近々プレオープンがあるだろうから、またそこでね」

「え?」

「なに、聞いてないの? 今日一斉に、青司くんから喫茶店への招待メールが送られてきたんだよ? あんたがアドレス教えたって言ってたから驚きはしなかったけど、いったいどんな店になってるのか、楽しみね」

「……」


 紅里は白い壁の洋館を見上げてそう言った。
 わたしは青司くんがいつのまにそんなことをしていたのかと唖然とする。


「じゃあね。おやすみ」

「あ、うん……おやすみ、紅里」


 別れの言葉を交わすと、紅里の自転車がゆっくりと遠のいていった。
 わたしは気持ちを落ち着かせ、自宅へと戻る。


「おかえり。真白……?」

「ただいま。ちょっと、用事があるからご飯あとにするね」

「あ、うん。それはいいけど……」


 玄関を上がり、出くわした母に先にそう言うと、わたしはさっそく二階に駆け上がった。

 今朝やり残していたものと向き合う。
 机の上の青司くんの肖像画。
 これを、今夜中に仕上げようと思った。


「いい加減、覚悟を決めないとね……」